夢のあとさき
14

ユアンはそれからしばらく来なかった。ユアンが来ないと誰かと会話することもない。部屋がマシなだけで本当に監禁だ。
「コレット……平気かな……誰と旅に出てるんだろう」
私も一緒に行くと言ったのに約束を違えてしまった。優しいコレットは怒らないかもしれないけど、傷ついたかもしれない。心配かけているかもしれない。誰か、コレットをちゃんと守れる人がいればいいんだけど。
いつも通り素振りをして、風呂に入り、そうして焦りばかりが募る一日を過ごす。窓がなく太陽も見られないので時間は分からないが、食事が小窓から差し入れられる時間は決まっていたのでそれで一日のリズムを作っていた。
食欲がなくてもそもそと食事を終え、皿を戻したあたりで部屋のドアが開いた。ユアンだ。
「……」
いつもに増して機嫌が悪そうだ。私の顔をじろじろと見てくる。
「何か?」
「似ているな、お前の弟は」
「ロイドと会ったのか!?」
思わず胸ぐらを掴んでしまう。ユアンは嫌そうに私の手を振りほどくとフンと鼻を鳴らした。
「ロイドに何かしたらただでは……」
「無事だ。わめくな」
「本当か」
ホッとする。ロイドがユアンにあったということはおそらくディザイアンとひと悶着あったのだ。それで無事でいてくれたなら本当によかった。私も人のことを言えないけど、ロイドも猪突猛進で自分の身を省みない、無茶をする子だから。
「ロイドには……手を出すな」
どうしても心配だった。そう言ってユアンを見ると彼は何の表情も浮かんでいない顔で見下ろしてくる。
「お前の弟に手を出さぬとして、お前が与える対価は何だ」
「……協力してやる」
声を絞り出す。これまでのユアンの言葉を思い出していた。
「私の協力が、必要なんだろう。協力する。あんたは私のエクスフィアがほしいのか?それとも、別の何かを求めているのか?」
ユアンのことなんて、ディザイアンのことなんて信じたくない。でもユアンは私が死んでは困ると言っていた。何かに私を利用するつもりなんだ。ロイドが死なないためなら、私は何でも犠牲にしてやると思った。
――幸い、ユアンはこの世界を歪んでいると知っている。究極的には目的は一致するんじゃないか。そんな楽観的な思考もあった。
「健気だな。弟がそんなに大切か」
「うるさい。あんたには分からないことだ」
「……そうだな。いいだろう、お前には協力してもらう」
ひとまず安堵する。でもそれだけじゃダメだ。
私はコレットのもとに行かなくてはいけない。ロイドも大切だが、コレットも同じくらい大切だ。ロイドが村の外にいるということはコレットに着いて行ってる可能性が高いし、だとするとコレットもディザイアンに狙われているかもしれない。
「私の協力はいつ必要なんだ?今ではないだろう」
「聞いてどうする」
「私を外に出せ。こんなところにいつまで閉じ込めておくつもりなんだ、あんたは」
「……ハア」
なぜか深いため息をつかれてしまう。ユアンはそのまますたすたと出ていってしまった。
「っちょ、ちょっと!ユアン!」
慌てて追いかけようとするが扉は開かない。くそうあの男、出させるだけ出させてとんずらこきやがった。内心口が悪くなるほどにユアンを罵る。
「この高慢ちき男!ばーか!」
「誰がバカだ」
「うわッ戻ってきた」
つい口に出したところでユアンが戻ってくる。そして私になにか放り投げた。
「あ、私の服……と、これは?」
「お前の居場所が分かる腕輪だ」
ドン引いた。そ、そんな技術があるんだ……ディザイアン……。
「それをつけるなら外に出してやる。だが必要になれば問答無用で協力させるからな」
「分かった」
「それと、私のことは口外するな」
「……それも、分かった」
ユアンはどうやら他のディザイアンと違う思惑で動いているようだった。知られたら困るのだろう。私の立場は弱いので、彼に従うしかない。
ずっと着せられていた囚人のような簡素な服を脱ぎ捨てて旅装を身にまとう。まだ部屋にいたユアンが盛大なため息をついてくるけど気にしない。この男が私を抱いたのは、絶対私に欲情とかしたせいじゃないし。
ベルトを整えて剣を携える。荷物を背負うといつもの旅装に戻れた。
「よし。じゃあユアン、出して」
「その前に一つ聞いておく。レティシア、お前は父と母のことを覚えているのか?」
「……?」
急に聞かれた質問に困惑したが、私は素直に答えることにした。
「あまり覚えてない。思い出はあるけど……声も顔も、忘れたから」
「そうか」
私は五歳だったけど、それまで旅をしていたようなことしか記憶にない。何かしてもらったのは覚えているけど、顔はおぼろげだった。母に至っては目に焼き付いているのは最後に異形と化した姿なくらいだ。
ロイドはきっとそれすら覚えていないだろう。小さかったから、つらいことは忘れてしまった方がいいと思う。でもさみしいことでもあった。
「ユアンは、お父さんのことを知ってる?」
「……ああ」
「お父さんは生きてるのかな」
ユアンに向けた質問ではなく、どうしてか零れ落ちた独り言だった。ユアンはそれには答えず、白い扉を開けた。


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