リピカの箱庭
04

意外というか当然というか、お姉さまのおさがりの本で譜術の勉強をし始めた私の一番の障害はガイラルディアだった。ガイラルディアは私が譜術の本を読んでいると決まって邪魔してくるのだ。
「レティ、おにわにいこうよ」
「これよんだらいくよ」
「いまいこうよ。つまんないよ」
「ヴァンデスデルカといったら?」
「ヴァンいないもん。レティといっしょがいいの」
頬を膨らませるガイラルディアに私は諦めて本を閉じた。私はガイラルディアのことが大好きなので、そう言われると弱いのだ。
「レティはふぉにまーになるの?」
手を繋いで庭へ向かいながらガイラルディアが尋ねてくる。多分お姉さまが言っていた単語を思い出したのだろう。
「うーん、わかんない。でも、ふじゅつをつかえたらべんりだよ」
「べんり?」
「おそとにいけるよ。まものも、やっつけられるもん」
「ほんとう?」
実際、魔物はこの辺りには出ない(出ても騎士の人たちが退治してくれる)ので屋敷の外に出るのは平気なのだけど、幼いガイラルディアと私は外出は禁じられていた。貴族がホイホイ外に出たら魔物以外の危険もあるということだろう。
けれどガイラルディアはキラキラとした目をこちらに向けていた。なんか嫌な予感がする。
「じゃあ、おそといこう!」
「だめだよ、あぶないよ」
「レティがやっつけるんでしょ?おれも、けんもってるもん」
「まだつかえないって――ガイ!」
ガイラルディアに手を引っ張られて庭の一画まで連れて来られる。いつのまにか見つけていたのか、その茂みの隙間から子どもの体格なら外に出られそうだった。
「ガイ、だめだよ」
「だいじょうぶだよ。ちょっとだけ」
「もう」
確かに魔物はそう出ないだろうけど――フラグとかじゃないよね?そんなふうに思いつつガイラルディアの後を追わないという選択肢はなかった。
屋敷の外に出るのは私もガイラルディアも初めてだ。広がる景色に二人して声を上げてしまう。
「すごい!すごいね、レティ!」
「うん、すごい!ひろいねえ」
屋敷の窓から見えるのとはまた違った感覚だ。ガルディオス家の屋敷は海の近くに立っていて、静かな夜はさざ波の音が聞こえる。砂浜の向こう側にきらきらと海面が光っていて、振り向けば家や畑が広がっているのが見える。建物は白くて美しい。観光地としてもやっていけるんじゃないだろうか。
こういうときはなんだかもとのレティシアの感覚に引っ張られてはしゃいでしまう。私はガイラルディアと草原を転がったり走り回ったりしながら探検を始めた。
「あっち、おはなさいてるよ」
「うん!」
そうやってどんどん屋敷から遠ざかっていく。といっても子どもの足ではそう遠くまでは行けない。背の高い草に紛れながら遊んでいると「おい!」と声がかかって私とガイラルディアは思わず硬直した。
「お前たち、こんなところで何を――ガイラルディアさま、レティシアさま!?」
「あっ、ヴァンだ!」
住民の子どもと勘違いしたらしいヴァンデスデルカは私たちの顔を見て目を丸くしていた。ガイラルディアは楽しげにヴァンデスデルカに飛びつく。私も草を払って跳びつこうか迷った。いや、その前に抜け出したことを怒られそうだ。
「なっ、なぜお二人がこんなところにいらっしゃるのです!」
「ぼうけんだよ!」
「たんけんです」
「……黙って抜け出して来ましたね?」
「だってぼうけんだもん」
「えっと、ごめんなさい」
ガイラルディアは悪びれる様子もないけど私には一応悪いという意識はある。ヴァンデスデルカは深いため息をついた。
「ねえねえヴァン、ヴァンのおうちにつれてってよ」
「ガイラルディアさま、ダメですよ。すぐに戻りましょう」
「ええー!」
「私がマリィベルさまに叱られてしまいます」
「ないしょにするから」
「ひみつにしますから」
「レティシアさままで」
ヴァンデスデルカの家というのは私も興味がある。まだおやつの時間ではないし、パッと行ってパッと戻ればバレないと思う。
結局ヴァンデスデルカは折れてくれた。「せっかくですから秘密の場所にお連れしますよ」と案内してくれたのは遺跡のような場所だ。そこには大きな結晶が鎮座していた。
「これは、ふせきですか?」
「そうですよ、レティシアさま」
「ふせきってなあに?」
「預言が刻まれたものです。譜石に刻まれた預言は第七音譜術士にしか読み解けないのですよ」
「ふーん」
ガイラルディアは分かっていないような声を出したが、きらきらと陽の光を反射する譜石に夢中になっているようにも見えた。
「この譜石はフェンデ家が守ってきた特別な譜石なのです」
ヴァンデスデルカは誇らしげに言う。私は何かが頭の隅に引っかかるような感覚を覚えた。そんな特別な譜石に詠まれているのは、きっと特別な預言なのだろう。それは一体なんなのか。
「ヴァンデスデルカ、なんのすこあなのですか?」
「ユリアさまが詠まれたものだそうですが、内容は私も知りません」
「でも、きれいだねー」
呑気にガイラルディアが言うので私も譜石を見上げた。確かにきれいな結晶だと思う。
でも、ここに刻まれた預言はうつくしい未来を描くものではないだろう。私は顔を逸らしてヴァンデスデルカの服の裾を引っ張った。
「そろそろもどらないといけません」
「おやつのじかんだ!」
「そうですね。こっそり戻りましょう」
ヴァンデスデルカは茶目っ気を滲ませながら微笑む。が、結局こっそり戻る作戦は失敗してしまって、三人でマリィベルお姉さまに叱られたのはすぐ後の話である。


- ナノ -