ラーセオンの魔術師
36

想定外の邂逅はあったものの、私のするべきことは変わっていない。しかし、シルヴァラントのマナの神子がまだ生きているというのは私にとっても朗報だ。世界再生はまだ成功も失敗もしておらず、そしてロイドたちはコレットを生贄とすることを良しとしていない。つまりテセアラでマナの神子が子を成すことは急務ではない。
「まあ、そのゼロスも追われてるとはね……」
教皇の仕業らしいが、どうにもきなくさい。神子の存在意義を多分理解していないのだろう。私としては教皇騎士団に追われることが無くなったも同然なのでいいんだけど。
そんなふうに考えつつ、地の神殿から山を越えてメルトキオ近くまでやってくる。ここからはしばらく徒歩で行って海はまた飛んで渡ろう。正直レアバードで送ってもらった方が楽は楽だったんだけど、あまり彼らと行動して怪しまれると都合が悪い。
シルヴァラントの神子一行はこの世界の仕組みに気がつきつつある。マナの流れを断つ作業すらしているのだ。クルシスがどう出るかは分からないけど、天使化した神子を抱えて逃げたくらいだからミトス・ユグドラシル本人が出てこない限りは彼らを止められないんじゃないかと思う。プレセアやリーガルもいるし。ゼロスは……分からない。
打倒クルシスを掲げるなら私と彼らの目的は一緒だ。でも、下手に同行すると彼らが失敗した場合のリスクが大きすぎる。正直、ロイドたちは急ぎ過ぎだし行動が軽はずみだ。彼らだけでは上手く行かないだろう。
だが、気になるのはレネゲードがロイドたちを一度助けたというところだ。レネゲードの情報に関してはいまだにほとんど入手できていない。話を聞いても目的自体は謎だったし。
ロイドたち以外にも、ユグドラシルを打倒せんと動いている者たちがいる。それはきっと確かだ。

雷が落ちたのは私がオゼットに辿り着いた後だった。こそこそと人目を忍びながら隠れ家で魔術の準備などをしていると、急に衝撃が襲ってきたので慌てて外の結界を強化した。
「一体なに!?」
こんな強い魔術衝撃は想定していなかったので戻ってきて正解だったような、そうでないような。ステルス魔術で小屋全体を覆っているので外からこちらの様子は見えないだろうが、こちらからは羽根の生えた者たち――天使がうろついているのが見えた。クルシスの天使がなぜ……?
とにかくこんな状態では外に出ることはできない。落雷によって引火し燃え盛る森を見ながら呆然とするしかなかった。
しばらくすると森のはずれは火事が落ちつつあったが、村の方はまだ燃え続けていた。私は天使たちがいなくなったことを確認してから結界の外に出て、マナを集めて杖をかざした。
「"恵みの雨よ、荒ぶる怒りを鎮めたまえ"」
雨のように水を降らせる。すぐに火事が収まることはないだろうけど、何もしないよりはましだ。
しかしあの落雷は明らかに人為的なものだったと思う。天使がいたことから、クルシスの仕業だったのは間違いないだろう。しかしなぜ、オゼットが?オゼットで何か反乱が起こったというわけでもないだろう。
仮に私が原因だとしても腑に落ちない。私だけを取り除けばいいのだから、わざわざ雷を落としてオゼットを滅ぼす理由なんてないはずだ。もっと、別の理由があるとすると――。
背後で物音がして私は振り向いた。そこに立っていたのは剣を携えた男性で、オゼットの村人には見えない。クルシスの天使とも違う。いつの間にこんなに近くにいたのか――いや、ずっと気配を殺していたに違いない。ただ、私の前に姿を現してもいいと思っただけだ。
「……見事な術だ」
男性は私の魔術を見てか、そう言った。私は警戒しながら杖を握る。きっと結界から出てきたところも見られてしまっただろう。何が目的か、わざわざ姿を現したということは私に何か用があるということだ。
「あなたは……」
「失礼。神木を求めてきたのだが、この火事ではすでに燃え尽きてしまったと思ってな」
「神木を?」
教会の祭事に使うとは聞いていたが、この男性が教会の関係者のようには見えなかった。引きしまった体に前髪から覗く鋭い眼光。剣士、それも並の使い手ではないだろう。傭兵とか?でも、傭兵が一人神木を求めに来るとは思えない。
「もし、あなたが持っているのなら分けてはもらえぬか」
男性にそう言われて私は迷った。私よりはいくつか上の年齢に見えるその人がハーフエルフでないことは分かる。ただ、それにしては雰囲気が老成していた。なんとも言えない違和感を知っているような気がする。
互いに深入りしない、そんな選択もできた。けれど敢えて私は尋ねることにした。
「私はレティシアといいます。あなたの名前を訊いても?」
「……クラトスだ」
驚きと同時に納得する。慎重に口を開いた。
「クラトス――クラトス・アウリオンですね?」
「……」
ポーカーフェイスを貫くその人の内心はうかがい知れない。背中に冷や汗が伝うのを感じながら言葉を続けた。
「話をしませんか。神木をお譲りすることは約束しましょう」
これは賭けだ。クラトス・アウリオンの目的は分からない。でも、クルシスの天使がこの森を滅ぼしてから神木を求めて現れた彼はあまりにタイミングが悪かった。
「いいだろう」
クラトスが静かに言う。私は張りつめていた息を気づかれないように吐き出して、結界の中に彼を案内した。


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