ラーセオンの魔術師
35

出てくる魔物はだいたいロイドやプレセアの前衛組に撃退してもらいつつ奥へと進む。意外だったのはコレットもチャクラムを使って戦闘をすることだった。彼女は天使化しているためきらきらとマナを振りまきながら羽根で移動したりもする。マナの神子というのは戦闘訓練を積むものなのだろうか。
「あれ、ここ行き止まり……?」
しばらく歩いて、道がなくなったのにロイドが不思議そうにこちらを見た。道間違えたの?と言いたげな視線に首を横に振ってみせる。
洞窟内はだいぶ入り組んでいて高低差もあるので、普通に歩いているだけでは奥までたどり着けない。私は杖を手に持ってトン、と地面を叩いた。
「"マナよ集え、我らの道となれ"」
空中散歩の応用編だ。私一人なら飛んで降りられるけど、他に人がいるなら階段を作った方が早い。下へと続く階段が現れたのにジーニアスが真っ先に歓声を上げた。
「わあ!すごーい!今の魔術だよね!?」
「そうですよ。色もつけたから見やすいでしょう?」
主にゼロスに向けて言うと「変わんねえなあ」とやや呆れた声が返ってくる。失礼な、ちょっと進化してるのがわからないのだろうか。
「手すりがないですから足元に気をつけて降りてくださいね」
「へいへい」
私が降りはじめた次にゼロスが足をかけるのに意外に思う。まあ今回は手を握らなくても平気だろう。
みんなが降りきっても階段はしばらく残しておくことにする。幸いこの神殿は要石となるような鉱石がごろごろ転がっているのでそう大変じゃない。作業を終えて再び先頭を歩き出す。
「テセアラの魔術師ってみんなレティシアさんみたいなの?」
「いーや、レティシアはかなり特殊だぜ。エクスフィアの制御なんかできるのレティシアくらいだろ」
ジーニアスが見上げてくるので苦笑するとゼロスが口を挟んできた。へえ、やっぱりエクスフィアの制御って他の人はできないのか。マナの操作が細かいとかいう話につながってくるんだろうな。
「じゃあレティシアさんはどこで勉強したの?」
「勉強かあ。昔はエルフの里にもいたんだけどね」
私はちらりと後ろに視線をやった。しんがりを務めるリーガルの前を歩いているのはリフィルだ。ジーニアスの姉の、ハーフエルフの女性。
……リフィルという名前を私は知っている。だが、シルヴァラント出身だというなら彼女は私の知っているひとではないだろう。合わない視線を戻して言葉を続けた。
「でも、魔術はほとんど独学かな」
「レティシア、昔ヘイムダールに住んでたんだ?」
「住んでいたというか、まあそんな感じです」
関わりがあった、というのが正しいだろうか。あそこは閉鎖的な場所だったから、私のようなハーフエルフの捨て子が住めるような環境ではなかったし。
「テセアラにはエルフの里があるの?」
「王さまの許可がないと入れねえけどな」
「へえ」
ハーフエルフのジーニアスはエルフのルーツに興味があるのだろうか。そんな話をしながら奥に進み、封印の場所へとたどり着いた。
ここからはしいなの出番だ。精霊との契約にも興味があるし、私は見学させてもらおうと前へ進み出る彼らの背後、壁際で待たせてもらうことにした。

ノームはもぐらのような姿をしてフランクに喋るというイメージとはかなりかけ離れた精霊だった。しいなも少し戸惑っていたようだったし、精霊の中でも特殊なのだろう……と思う。ミトスとの契約は無事に破棄され、しいなと契約を結べたようで何よりだ。
風の精霊シルフとの契約はまだしていないようなのでマナの流れを断ててはいないが、一歩前進といったところだろう。遺跡を出て次はどこの神殿に向かおうか話している彼らに声をかけた。
「あの、異界の扉というのはご存知ですか?」
「異界の扉?ああ、アルタミラ近くのあの遺跡だな」
リーガルがすぐに反応してくれる。シルヴァラント組は当然知らないといったふうに首を傾げていて、しいなとプレセアも聞いたことがないようだった。ゼロスは無表情にこちらを見つめている。
「ええ。異界の扉には言い伝えがあります。伝説の地、シルヴァラントへと続く扉であると」
「それって、もしかして――!」
「……実際どうかは分かりません。ですが、仮にシルヴァラントへの渡航手段がないのなら試してみる価値はあると思いますよ」
「なるほど。それは一理あるな」
リーガルがロイドを見る。ロイドも力強く頷いたが、しいなが焦ったように声をあげた。
「まっとくれよ。それなら先にテセアラすべての精霊と契約したほうがいいんじゃないかい」
「確かにそうだね。まだ氷の神殿と、闇の神殿には行ってないもん。ねえレティシアさん、異界の扉っていうのはいつ開くの?」
ジーニアスが尋ねてくるのに私は曖昧に濁した。詳しすぎるというのもあまり知られたくはない。
「それは……満月の夜、というのは聞いたことがありますが」
「じゃあ、テセアラの全部の精霊と契約してから満月の夜に異界の扉に行ったらいいんじゃないかな」
「コレットちゃんの意見に賛成〜」
「先生もそれでいいか?」
ロイドがリフィルに話を振るが、彼女は心ここにあらずといったふうで何かを考え込んでいるようだった。「リフィル先生?」ともう一度声をかけられてようやく我に返る。
「あっ、ええ……そうね。そうしましょう」
「どうしたんですか、先生」
「さっきので疲れたとか?」
「いいえ、大丈夫よ」
心配そうに顔を覗き込むロイドとコレットにリフィルは首を横に振った。とりあえず、彼らの行動指針は定まったようだ。
「レティシアさんはどうするんですか?」
プレセアがそう言うのにみんなの視線がこちらに向けられる。私は居心地悪く感じながら「そうだね、」と考えを巡らせた。
私もシルヴァラントに行きたいのだが、彼らと鉢合わせするのはあまり好ましくない。氷と闇の神殿に行ってからというなら彼らもしばらくはシルヴァラントへ向かわないだろうし、私は準備をしてからささっとシルヴァラントに行ってしまおう。
「氷の神殿には行かぬのか?」
「もう行きましたので。一度オゼットに戻るつもりです」
「じゃあレアバードで送っていこうか?」
ロイドが提案してくれるが私には飛行魔術がある。ありがたいが断ろう。
「いえ、自分で飛べますから」
「じ、じぶんで?」
驚かれるので私は杖に乗ってふわりと浮いて見せた。「うわあ!」とジーニアスの歓声が上がる。ゼロスはなんだか呆れたような顔をしていた。
「では、お先に」
そのまま高く飛び上がる。あっという間にゼロスたちは見えなくなって、私はちょっと安心して息を吐いた。


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