ラーセオンの魔術師
28

リーガルとの再会の後、私は再び船上の人となっていた。一人ではなく、リーガルと一緒にである。
彼の事情を聞いた上で、私は自分の考えを彼に伝えた。つまりプレセアのことだ。恋人の血縁者であるプレセアのことを知ってリーガルは一も二もなく彼女の後見人となることを了承してくれた。
「問題は本人の意思だが」
「……そうですね。まずはプレセアのエクスフィアをどうにかしなくては」
「要の紋の職人か。こちらでも調べたが、レネゲードにはいないようだった」
ふむ。リーガルは貴族の特権を生かして調査してくれたが空振りだったらしい。ということは要の紋の技術はクルシスが独占している?ではなぜ、レネゲードがそれを横流ししているのか。
考えられるのはディザイアンから奪っているということだ。エンジェルス計画はディザイアン内部で行われているのが大元のようだったし、エクスフィアの量産技術が確立してドワーフを擁しているのならディザイアンがエクスフィアをつけない理由はない。
とはいえ私はシルヴァラントに行ったことがないのですべて推測だ。どちらにせよ、プレセアの要の紋の細工というのをどうにかするのは困難ということだ。
「それでは、元のプランで行くしかないですね」
「元のプラン?」
「はい。私がエクスフィアにアクセスして根を取り除きます」
リーガルはピンときていない様子だったが、人間である彼はマナを感じることができないからイメージが難しいのだろう。
「そんなことが可能なのか?」
「不可能ではありません。ただ、対症療法のようなものですから根本的な解決にはなりませんね。要の紋をどうにかする方法に関してはどちらにせよ探さなくてはなりません」
「なるほど。だが、話を聞く限り今の状態よりは良いのだろう」
リーガルがプレセアの面倒を見てくれるということでありがたい点のもう一つはここだった。私はいつまでもエンジェルス計画を追うわけにはいかない。他にやることがあるからだ。
プレセアが元に戻った時にエンジェルス計画のことをどう考えるかはわからないけど、少なくももリーガルはこの計画の犠牲者が増えることを望んではいないだろう。つまり最終的に元凶を叩くことになる。
まあ大元はディザイアンだろうから、叩くと言ってもテセアラ側の研究院をどうにかするということになるだろう。リーガルという身分のある人が付いてくればむやみにもみ消されるということはない、と思う。
戦力として手を貸すのはやぶさかではないけど、調査に時間を割くわけにはいかない。私ができる最善は、リーガルが根本的な解決法を見つけてくれるまでプレセアの治療を行うことくらいだ。

そんなこんなで私はリーガルと共にオゼットの森までやってきていた。村は避けて森の奥からプレセアの家の近くまで向かう。
森ではプレセアに遭遇しなかったので家にいるだろうとあたりをつけてノックした。またメルトキオにでも行ってたらすれ違いになってしまうけど――と考えたところでドアが開く。
「こんにちはプレセア」
「……レティシアさん」
後ろで息を飲む声を聞きながらプレセアに挨拶をする。私のことは覚えていてくれたらしい。
「そのスカーフ、使ってくれてるんだね。どう?また毒で体調崩してはない?」
「平気……です」
「なら良かった。今日はまたプレセアのエクスフィアを診せてもらいにきたの。こっちはあなたの妹さんの知り合いのリーガル」
一応リーガルのことも軽く紹介をしておく。リーガルは低い声で「リーガルという」と告げて、プレセアは無感情にリーガルを見上げていた。
「中に入ってもいいかな?」
「はい……」
プレセアが頷いてくれたのでリーガルと二人で家にお邪魔させてもらう。相変わらず木彫りの道具などが散らばった作業部屋のようなスペースでプレセアのエクスフィアを診せてもらうことになった。
前と同じようにマナリーフの布を当てて血を垂らす。前回よりはスムーズにエクスフィアにアクセスできたように思う。
「成長阻害のほうは結界が生きてる、と。一応張り直しておこうかな」
一部を除いてはきちんと機能しているっぽくて安心だ。壊れてたところは直して、壊れていないところも結界をさらに張っておく。これは簡単な作業だ。
問題は感情阻害のほうだった。結局研究院でも大した情報は得られなかったので、複雑に絡んでいる根を地道に解いていくしかない――いや。
マナが停滞しているなら、マナが流れるようにすればいいのではないか。
そう思いついたので根元の方にマナをじわじわと押し流すように注いでいく。ゆっくりとラインが動き出したときにはかなりのマナを消費してしまっていた。
「頑固だなこれ……っ!」
一気に押し流すとラインが破裂しそうなので少しずつ調整していかないといけないのだが、それもまた焦れったい。ゆっくり、ゆっくりマナを流していって、これくらいなら、と思ったところで私の限界がきてしまった。
「――っは、はあ、は……」
「レティシア!」
見守ってくれていたのだろうリーガルが倒れそうになる私の体を支えてくれた。ひらりと落ちるマナリーフの布を誰かの手が掴む。
「レティシア、さん……?」
ぱちくりと瞬く瞳に、私は成功したのだと悟ってへらりと笑った。


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