ラーセオンの魔術師
23

サイバックへは何事もなくたどり着けた。オゼットから間にあった森はやたらおどろおどろしい雰囲気だったけど、それだけといえばそれだけだ。騎士団の襲撃もなかったし。うーん、ここまで何もないと不安になる。
念のためサイバックでは髪の色を変えておくことにした。暗めの色から、真っ赤にすれば印象もかなり変わるだろう。結局フード被って顔は隠すけど。
すんなり入れたサイバックでは、広場でジャンクもののエクスフィアを手に入れることができた。研究用途に使われていたらしいかなり小さいかけらだ。それでも何かに使えるのではないかと宿屋で一人唸ってみる。
とりあえずやってみたのはプレセアのものと同じようにエクスフィアにアクセスしてみることだ。
「うーん?」
が、いまいち上手くいかない。エクスフィア単体ではダメなのだろうか。私はそう思ってマナのかけらを手持ちの杖にくっつけてみた。
機械の演算に使われてるなら、魔術の演算にも使えるはずだ。簡易的な魔科学装置である。
「あっ」
同じように触れてみると今度はエクスフィアがマナの流れを杖の中に作ってることがわかった。なるほど、エクスフィアは何かに装着されないと意味がないらしい。
それにしても――なんだかエクスフィアを触っていると胸がムカムカする。なんというか、嫌な気分になるのだ。
どうしてだろう。心拍数が上がっているのが自分でも分かる。エクスフィアのきらめきは綺麗だったけど、見ているとなにか物悲しくなるようだった。
プレセアを思い出すからかな、と一人で結論づけてベッドに寝転がった。切った指を治癒術で直して息を吐く。すこし気分を落ち着けてからじゃないとまともに考えられそうにない。
とにかく――エクスフィアは手に入れられた。だが、これを自分に着ける気にはならなかった。なんだか引きずり込まれそうだと思う。モヤモヤした気分が大きくなって、暗闇からこちらに手が伸びてくる錯覚すら覚えた。それにからめとられて、そして――。
「……ッ!」
バッとベッドから起き上がる。想像していただけだったのに汗がひどい。私は今度こそ気分転換をするためにベッドの横の杖を一瞥してからシャワーを浴びに向かった。

気配を消す、というのはある種ファンタジーである。でもこの世界はファンタジーなので、二十年以上暮らしているとなんとなくわかるようになってきたのも事実だ。魔物と戦わなきゃいけないこともあるし、最近は色々物騒な生活を送っているし。
私は気配を消して、ついでに姿もステルス魔術で消しながらこっそり一人の女性を尾行していた。王立研究院の制服を彼女から拝借するためだ。ステルス魔術は長時間の使用には今のところ向いてない。透明マントみたいに布に織り込んでしまえばいいのかもしれないけど、そんな時間はないので手っ取り早く変装することにしたのだ。
アパートの一室の鍵を開けたところで私は彼女を魔術で拘束し、眠り薬を嗅がせた。ぐったりと意識がなくなった体をベッドまで運んで寝かせる。
クローゼットから制服を拝借してさっさと部屋から出た。目撃者は残さないように、ステルス魔術で身を隠しながら宿まで戻る。もう暗くなっているのでそんなに気を遣わなくてもいいだろうけど、ここは国の直属機関のある町である。大事になっても面倒だ。
で、変装するにあたって私は髪色を制服を借りた女性と同じ色に変えて、ついでに眼鏡もかけた。耳は髪で隠す。研究院にはハーフエルフもいるだろうから、彼らに見つかったらバレてはしまうだろう。でも研究施設から自由に出られないとも言われているハーフエルフがそのあたりをフラフラしていたら怪しまれてしまうだろうし、人間には分からないようにしたほうが無難だ。

「さて、と」
侵入が成功したので研究院の構造から調べていくことにする。もう夜なので人気がないと思ったが、案外明かりの漏れている部屋は多い。さすが国の研究施設だ、予算が潤沢なんだなと思いながら人のいない部屋にあった端末をこっそり立ち上げた。
魔科学の機械はコンピューターのようなものなので、扱いは前世の記憶と合わせてだいたいわかる。表示された見取り図を頭の中に叩き込んで、さらに資料を探していく。
「パスワードか……」
キーボードを叩いていると出てきた画面に舌打ちしたくなる。私はあたりを見回して誰も居ないことを確認するとエクスフィアのかけらを取り出した。
それを端末に埋め込んで、自分はエクスフィアに触れる。こうすれば直接機械のマナに干渉できるのではないかと思ったんだけど、さて。
「っ、いけるかな」
プレセアのときとはちがって情報が整然と並んでいるのが分かる。そして目の前にあるのはファイアウォール――つまり結界だ。パスワードは分からないが、結界を解くという作業は簡単である。
一種のクラッキングだなこれ、とか思いながらファイアウォールに穴をあけて意識を戻す。無事にパスワードは突破できたらしく、私はクルシスの輝石関連でざっと検索をかけた。
「……エンジェルス計画?」
引っかかった資料に眉根を寄せる。クルシスの輝石はやはり天使化のために研究されている、ということか?被験者のリストがずらっと並ぶ中に見覚えのある名前があった。
プレセア・コンバティール。そしてアリシア・コンバティールという名前もある。ファミリーネームが同じということはプレセアの妹だろうか。そちらのファイルを開くと「適合せず死亡」の文字列が目に入った。
プレセアの妹はすでに、亡くなっているのか。……姉妹そろってこの計画の犠牲になっていたとは。歯を食いしばって今は押し寄せる感情をしまい込む。プレセアのことを調べておかないと。
プレセアの資料には「適合者」の文字があった。試験が始まったのは――十五年前。プレセアはこんなに長い時間をエクスフィアに奪われて生きていたというのか。
クルシスの輝石とはエクスフィアの進化形で、人体に着けているエクスフィアが突然変異すると考えられているらしい。そのために要の紋に細工をしている、と書かれていたがどんな細工かは記されていなかった。
ゼロスに聞いた話を思い出す。エクスフィアは要の紋がないと人体に毒になる、という話だ。プレセアがまさにその状態なのだろう。つまりエクスフィアの寄生を止める手段としては要の紋を修理するのが確実ということだ。
要の紋は一体どこで作られているのだろう。そもそも誰が作っているのだろう。エクスフィアのかけらを売っていたジャンク屋には壊れた紋しかなく、完成品を知らない私では直せそうになかった。もしかしたらこの研究院にあるかもしれない。……もう少し探してみようか。


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