ラーセオンの魔術師
21

エンチャント――特殊な効果を装備品に付与するというのはドワーフの専売特許だ。古代文明の遺産として多く存在してはいるし、そんなに効果が強くないものならそれこそ研究院で開発もされてるだろう。それでも新しく作り出すのは基本的にはドワーフにしかできない。
とはいえ、エルフにもその手のいにしえの技術というのは伝わっている。道具を作るというより、魔術を織り込む、というのが的確かもしれない。
それに使われるのが特殊な植物から作った糸だ。肌身離さず持っているそれを取り出して机の上に置く。
織り機がないので織ることは出来ないが、刺繍で文様を描くことで効果を強めることはできる。魔法陣みたいなものだ。
どの布に刺繍をしようかと思って荷物を漁っていたらゼロスから借りたスカーフが出てきた。スカーフかあ、口元も覆えるからちょうどいいんだけど流石に借り物を使うわけには……。でも他にちょうど良さそうなものがない。
「……ゼロス、ごめん!」
スカーフに一度謝ってから手に取った。何かお詫びのものを買って渡そう。次いつ会う機会があるかはわからないけど。

黙々と刺繍をし続け、出来上がったのは翌々日の朝だった。広げてみて出来栄えに頷く。ワイルダー邸にいる間は刺繍や裁縫をする機会もなかったけど、勘はすぐに取り戻せた。なかなかいいんじゃないかな。
あとはこれをプレセアに渡せばいい。受け取ってくれるか今更不安になってきたが、彼女も好き好んで毒を吸って倒れているわけではないはずだ。
小屋をでてオゼットへ向かう。途中でプレセアを見かけなかったので、多分家にいるのだろう。
「プレセア?レティシアだけど」
質素な作りの家のドアをノックする。最初来たときはよく見ていなかったけど、それなりに広い家なのでプレセアが一人で暮らしているならなおさら寂しい思いをしているんじゃないかと心配になる。
暫く待つと軽い足音がしてドアが開いた。ぱちくりと瞬いたプレセアは首を傾げてこちらを見上げてくる。
「……レティシア、さん?」
「渡したいものがあるんだけどいいかな」
「はい」
こくりと頷いて家の中に戻っていくので、入ってもいいという意味だろう。お邪魔することにする。
木彫りの置物や斧などの道具がおいてある家の中は作業部屋のようだった。なんだか空気が悪い。私は思わず眉をひそめてしまった。
「プレセアはいつもここで作業をしてるの?」
「はい」
「奥の部屋は?」
一つだけついているドアを見る。プレセアは「寝室です」と答えた。
「入ってもいいかな」
「……はい」
嫌な予感がする。私は慎重にドアを開けて、その部屋のありさまに絶句した。
――ひとの、死臭だ。
ベッドの上にあったのは明らかに死後何年もたった遺体だった。思わずプレセアを振り向く。彼女はなんとも感じていないようにただじっと私を見ていた。
「クルシスの輝石の寄生か……!」
クルシスの輝石は天使化に使われるものだが、それには感情を失うという大きな副作用がある。克服することも可能ではあるが、ほとんどは心を失ってしまったままらしい。クルシスの天使たち――デリス・カーランにいる彼らはそうやって何千年も生きながらえていると聞いた。
エクスフィアにも同じような性質があるかどうかはわからないが、クルシスの輝石がエクスフィアの進化したものというなら可能性はある。
私は確信した。
プレセアは望んでエクスフィアをつけているわけじゃない。彼女は間違いなく被害者だ。そうでなければこんな、ひとを死んでいることを認識できていないわけがない。
「……プレセア、あなたのご両親はもう亡くなっているの?」
「パパは……います」
プレセアの視線は明らかにベッドに向いていた。あの遺体が、プレセアの父親なのだろう。私は我慢できなくなった。
こんな状況で暮らす彼女を放って置く訳にはいかない。少なくともこの遺体は埋葬したほうがいいだろう。私は寝室の窓を開けるとまずは澱んだ空気を追い出した。
そして掛け布団をえいやと引っ剥がす。だいぶ時間が経っているらしい遺体はシーツに包んで外に持っていった。プレセアは不思議そうな顔すらせずに、私の存在を気にしていないように作業を再開していた。
物悲しい気分になりながら家の横に魔術で穴を開ける。ひとを埋葬した経験がないので合っているかわからないが、シーツに包んだ遺体をそのまま土葬することにした。そして家の中に戻って適当な木の板を選んで墓標にする。プレセアの父親の名前もなにもわからないが、早く彼女を正気に戻して彼を弔ってもらいたい。
汚れた布団は燃やして、そのへんに咲いていた花を墓前に添えて家の中に入った。プレセアは相変わらず黙々となにか彫っているようだった。
「プレセア。少しいいかな」
「……はい」
話しかけたら反応はする。けれど彼女にはほとんど自分の意志がないように思えた。それをどうやって解決するか――考えたのはエクスフィアに直接干渉する方法だ。
エクスフィアというのは演算装置らしい。多分、人体にとりつけることで何らかの変化をもたらしているのだろう。
その変化をもたらす原因はなにか――この世界で考えうるのは「マナ」だ。すべての生命の源、魔術を行使するのもマナが必要である。そして私はマナに干渉できるエルフの血を引いている。この血を使えばエクスフィアに直接アクセスできるのではないだろうか。


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