ラーセオンの魔術師
20

プレセアの家は村の入り口にあった。入り口っていうか、森から入ってきたから裏口というか。指示された場所に神木をおいて一息つく。魔術で浮かせること自体は大変ではなかったけど、大きいものを森という障害物が多い中運ぶというのはなかなか気を遣う。
「案内ありがとう、プレセア」
「はい」
「あの毒沼の近くの小屋って、私がしばらく使っても問題ないかな」
「……大丈夫、です」
「そう、よかった。また明日か明後日にここに来たらプレセアに会えるかな?」
「王都に、いくまでなら……」
どうやらプレセアは王都まで神木を納めに行くらしい。王都かあ、ワイルダー邸に置いてきた私物を取りに行きたい気持ちはなくはないけど、あそこが一番騎士団が多そうだし。ちょっと厳しい。
「じゃあまた会いに来るね」
プレセアは黙って頷いた。約束を取り付けたのはちょっと強引だったけど、プレセアのことが気になるのは事実だ。私は彼女の家から坂を上がって村の中心に歩いていった。
オゼットは静かな村だ。木々に囲まれているからというのも理由の一つだが、住んでる人も少ない。見知らぬ人間が珍しいのかじろじろ見られてしまっている。
「あんた、今下から来ただろう。プレセアの知り合いか?」
しかも呼び止められてしまった。私を呼び止めた男性は顔をしかめて腕を組んで睨んでくる。
「……森で道に迷ってしまっていたところを彼女に案内してもらったのですが」
プレセアに対して良い感情を抱いているといったふうではない。私は不審に思いながらとりあえずそう返した。
「悪いことはいわん、あの娘と関わらないほうがいい」
「はあ」
「あの娘は呪われているんだ」
呪い?ずいぶんと非科学的なことを言う。いや、魔術がある世界だけど呪いというものは私の知る限り存在しないはず。
私と怪訝そうな顔を見て男性はさらに声をひそめた。
「ずっとあの姿のままなんだよ、呪い以外の何だって話だ」
「成長しない……?」
「そうだ。父親は死んで、妹もいなくなったままだ。おかしいだろう」
それは不自然ではある。そしてプレセアは今天涯孤独の身なのか。私はモヤモヤした気持ちを抱えてため息をついた。
「事情があるようですね。情報感謝します」
「あ、ああ」
これ以上は聞いていたくなくて私はさっさとその場を離れた。この村に宿泊しようかと考えていたが、またプレセアの話をされてもきっといいものではないだろうから嫌な気分だ。買い物をしたら森の小屋に戻ろうと決めた。

一応村の掲示板を見たりもしてみたが、まだ私の指名手配はされていないようだった。仮にも神託で選ばれたマナの神子の配偶者が逃げたというのは外聞が悪いせいか、それとも単にまだバレていないのか。ゼロスが報告しない理由もわからないけど都合がいいのは確かだ。
それにしても、と私は荷物を背負って歩きながらため息をつく。オゼットの雰囲気は里に似ているとは思っていたが、ハーフエルフ蔑視も同じだったとは。
私がハーフエルフということはわからなかったようだったが、店で話している人間の声は聞こえてきた。プレセアの件といい、閉鎖的な村ではこういう噂話とか価値観の共有が息苦しくて苦手だ。
関係ない、と言い切ることはできない。私は気にするタチではないが、プレセアの暮らしている環境はあまりに劣悪だ。毒の危険のある場所に伐採に行く必要があることも、ほんの十いくつの少女が村人から疎まれて生きていることも。
プレセアの「呪い」というのは確実にエクスフィアが影響しているものだと思われる。というのも、エクスフィアの進化系であるクルシスの輝石には天使化の際に老化を止める作用があるのだ。
なぜプレセアのエクスフィアがそのような、クルシスの輝石に近い作用をもたらしているかは分からない。というかもしかしたらクルシスの輝石なのかもしれないけど、マナの神子やクルシス配下のハーフエルフでもないプレセアがそんなものを持っている理由がわからない。
偶然だろうか。いや、ゼロスの言っていたレネゲードとかいう地下組織も気になる。それにプレセアはは神木を納める関係で教会との繋がりもある。
どこかが繋がってるはずだが、どこが繋がっているかは推測材料が足りない。私は一度そのことについては置いておくことにした。

小屋に戻って荷物を置いて、もう一つの問題を解決する準備をする。すなわち、毒を退けるアイテムの作成だ。
といってもその準備の準備として、この小屋の周りの結界を強化する必要がある。オゼットは人が少ない村だし、このあたりは毒沼があって神木を伐採する仕事をしているプレセア以外が近づくことはまずないだろう。つまり隠れ家としてなかなか適している場所だ。
毒沼を結界で包むという手もあるけど、それだと人が近づけてしまう。なので必要なのはこの小屋を毒と物理衝撃から護る結界と、あとはカモフラージュの結界だ。後者は光系の魔術で誤魔化せるだろう。
長期間維持する結界には私は触媒を使っている。宝石や、特殊な霊薬がそれにあたる。今回は神木が使えないか検討してみることにした。神木というくらいだからなにか特別な植物なのだろう。
小屋の周りの木を調べてみると、神木というのはどうやらヤドリギに寄生された木のようだった。しかし普通のヤドリギではないように見える。寄生とかいうレベルではなく、これでは「ヤドリギの木そのもの」だ。
「変なの。まあ神木と言うくらいだから普通のヤドリギじゃないのかも」
変だと言うなら毒の近くでも生息できるというのも変だし。とりあえず触媒にはなってくれそうで安心した。たまにびっくりするほど相性の悪い植物なんかもあるけど、このヤドリギはすんなりと魔力を受け入れてくれた。
小屋を囲むように生えてる木を何本か選び、ラインを繋げて結界を新しく構築する。一度結界の外に出てみると、光の魔術で木々にカモフラージュされて小屋はすっかり見えなくなっていた。
光の魔術の光学迷彩的な使い方は他にも役に立ちそうだ。光の屈折率を自由に変えられるというのは透明に見せることができるし、あとは色を変えたりもできる。髪の色なんか変えてみたら案外気付かれないかもしれない。
私はもう一度結界を外から確認して小屋に戻った。さて、プレセアがメルトキオに行ってしまう前に彼女の安全を確保しておかないと。


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