ラーセオンの魔術師
14

きらめく海、眩しい太陽、人の喧騒。アルタミラはまさにリゾート!って感じのリゾートである。
「レティシア、こっち」
船にのっている間ずっと海は見ていたはずなのに、砂浜から広がる海岸に目を奪われているとゼロスに手招きされる。
「これ、ホテルですか?」
「そ。いつもここ使ってんだ」
「そうなんですね」
ビル的な建物はファンタジー的な世界観においてはオーバーテクノロジーっぽい。エレベーターなんかもついているから魔科学を使っているのか、他の機械的な動力を確保しているのか。ちょっと気になりつつゼロスについてフロントに向かう。
案内された部屋は広かった。広かったけど、なぜか一室で、つまりゼロスと同じ部屋というわけで。
「……確認しなかった私が悪いのかもしれませんが、なんで同室なんです?」
「悪いな、あんたの部屋のことすっかり忘れてたんだよ。今日は満室だけど、明後日くらいには部屋空くらしいからそれまでヨロシク」
「はあ……」
確かに誘われたのは急だったけれども!船では普通に別の部屋だったのに!明後日くらいという曖昧な表現に不安になる。
「わかりましたが、ゼロスはいいんですか?」
「何が?」
「いえ、私が部屋にいたらくつろげないと思うのですけど」
あと女の子を部屋に呼んだりとかも出来ないと思う。ゼロスは肩をすくめて「別に婚約者が同じ部屋にいるのはおかしくねえだろ」と呟いた。
ここで婚約者のお仕事を持ち出してくるのか。まあいいや、誘ったのはゼロスなんだし。私のせいでトラブルが起きたわけではない。ということにしておく。
「言っておくけど私は着替えの手伝いとかしませんからね?」
「んなもん一人でできるっての!」
使用人扱いされても困ると念押ししておくと怒られてしまった。そうですか、できますか。
とりあえずベッドは二つあるので(……ゼロス一人で泊まる予定だったんだよね?)、奥の方を使わせてもらうことにする。荷物なんて大した量はないので上着とドレスをコートかけに掛けておくくらいだ。
「レティシア、荷物そんだけ?」
「そうですけど」
「服とか持ってこなかったのかよ」
「あんなかさばるものどうやって持ってくるっていうんですか。薄手の服はいくらか持ってきましたけど」
持ってきた服は今着ているドレスとワイルダー邸に来る前から持っていた服、あとは薄手のドレス一着だ。ちょっとしわになってしまったけどアイロンできるのかな?水と火の混合魔術で……。
「じゃあ服買いに行くか」
「……はい?」
「ホテルに売ってたし。安物だろうけどな」
「え、ちょっと、ゼロス?」
腕を掴まれてさっそく部屋を出るゼロスに引きずられていく。私手持ちないんだけど、買ってくれるんですかね!?

ホテルの中のブティックにはゼロスの言ったとおりそれなりに服が並んでいた。水着まである。お値段もそこそこなのだが、いつもオーダーメイドの服を着ているような貴族さまにとっては安物なのだろう。
この世界では産業革命は起きてない(昔は違ったかもだけど技術は失われている)と思われるので、服は全て手製品だ。なので一般庶民はそんなにたくさんの服を持っていないもので、旅をしているような私も輪にかけてそうだったのであまり服を増やすつもりはなかった。
「じゃあゼロス、これにします」
リゾートっぽい適当な服を選んで言う。ゼロスは頷いて「他は?」と聞いてきた。あ、デジャヴ。
「いえ、これで十分ですよ。服が何もないわけではありませんし」
「遠慮はしなくていいぜ。これとかどうよ」
「えーと」
なぜゼロスはこんなに乗り気なんだろう。宝石をねだったせいで買い物好きな女とでも思われてるんだろうか。あれは必要経費みたいなもんですからね。金額は考えたくない。
「試着するか?」
「はあ……」
私に聞いてきたわりに返事は求めずに店員さんに声をかけるゼロスに気の抜けた声しか出なくなる。試着はさせてもらうけど。
そんなこんなで服から帽子からサンダルまで一揃い試着させられることになった。ついでに水着まで見繕うことになったのだけど、なんなんだこれは。普通のお買い物デートっぽくて逆に怖いんだけど。
「さっきのやつの方がいいんじゃねえ?」
「そうですね、こちらのお色の方がお連れ様の髪の色には映えると思います」
ゼロスが生き生きと店員さんと相談しているのを私は蚊帳の外で眺めることになる。いいよ別に、お金出すのゼロスだし。婚約者業のお給料なので私のお金かもしれないけど。気にしたら負けだ。
「慣れてるんですね……」
つい呟いてしまったのもしかたないと思う。ゼロスはぱちくりと目を瞬かせて私を見ると、にやっと口元を緩ませた。
「なんだ、嫉妬か?」
「……いいえ、まったく」
確かにゼロスはいろんな女の子と交流があるようだが、私が嫉妬する理由はない。ただの感想だ。ゼロスはつまらなそうに「ちぇー」と唇を尖らせているが、面倒な立場の私が嫉妬するなんてさらに面倒だから喜んだほうがいいと思う。あ、でもゼロスの立場的には私が惚れてた方がいいんだっけ?
そういえばゼロスって味方じゃなかったんだったな〜とぼんやり思いながらお買い上げされた紙袋の数を数える。帰りの荷物が多くなることは考えないでおこう。
外を見るともう日が暮れていた。リゾートを楽しめるのはどうやら明日からになりそうだ。


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