ラーセオンの魔術師
05

ワイルダー邸には広い庭がある。その一角には修練場もあった。多分ゼロスはここで剣の稽古をしたりしてたんじゃないかと思う。
連れてこられた日に着せられたものよりは質素だけどやっぱり動きにくいドレスからゼロスのお下がりの修練着に着替えた私はそこでゼロスと対峙していた。すらりと剣を抜いたゼロスが構えるその刀身に少し身構えてしまったが、きちんと結界を張れば大丈夫なはずだ。
「本当にこいつで斬りかかっていいんだな?」
「構いません。いつでもどうぞ」
「……わあったよ」
ゼロスはそう言って、そして剣を構えた腕を引いた。軽い踏み込みで距離を詰めて来るゼロスに私は物理防御の結界を構築する。
「"プロテクト"!」
キン!と高い音がしてゼロスの振り下ろされた剣は結界に阻まれていた。強度が心配だったが、一発くらいなら平気そうだ。
「もう一発!」
とか考えてるとゼロスが続けざまに斬りと薙ぎを放って来る。慌ててマナをかき集めて結界を強化した。
「レベルツー、っと!」
幸い嫌な音はせずにきちんと防げたようだ。でもレベルツーへの移行に少し時間がかかったかな。もう少しマナの吸収の訓練をしないといけない。
剣を下ろしたゼロスははあー、となんだか感心したように息をついた。
「本当に防げるとはなあ。結界って言うんだっけソレ?」
「そうです。しばらく保つこともできますよ。移動は流石に無理ですけど」
結界という概念はあまりメジャーではないらしい。私はパチンと指を鳴らしてゼロスの周りを結界で囲んで見せた。
「こうやって対象を閉じ込めることもできます」
「おわっ!ひゃー、すげ〜な」
見えない壁をペタペタと触って感心するゼロスにちょっと得意げな気持ちになった。すぐに結界を解除してえへんと胸を張る。
「魔術は攻撃以外への応用も色々できますから。旅をしていて身を清められないときは洗浄の魔術を使っていました」
「へー、洗浄?なにそれ俺さまにもできんの?」
「ゼロスはエルフの血が入っているんですか?水と風属性魔術が使用できればできると思います」
さらっと言われたので尋ねると「まーそんな感じ」と曖昧に答えられた。へー、ゼロスが魔術も使えたとは知らなかった。
ならせっかくだしこの便利魔術を授けてしまおうではないか。考えたはいいけど周りに魔術を使える人がいなかったので自分専用だったんだよね。
属性複合魔術だと言うとゼロスは嫌そうな顔をしたが、そんなマナを使う大規模なものではない。どちらかというとコントロールが重要なものだ。
「本来は水と油、つまり汚れは混じり合ったりしないのですけど、マナで強引に引き剥がすことで乳化に近い現象を起こすことができます。それを風のマナで汚れを飛ばすわけです」
「ほうほう、つまり極小のマナをコントロールするってワケか。……ってできるかそんなん!」
「えっ?」
説明するとゼロスに急に怒られた。できないの?なんで?
「できないの?って顔すんなよ。そんな超精密コントロール普通しようなんて思わねえって」
「でも私はできましたよ。ゼロスも練習すればできると思います」
「ソーサラーリングじゃないんだから……」
呆れたように言われるが、できるものはできる。できないと思い込んでいるせいなのではないだろうか。
「ゼロス、できたら便利ですよ。練習しましょう」
「……随分ノリ気ね。なあレティシア、それ人前でやらない方がいいぜ」
「なぜですか?」
「あんたが天才だからだよ。王立研究院に攫われて一生研究させられるぞ」
そこまでか。あまり意識したことがなかったが、幼い頃から夢中になってそこそこ使いこなせるようになってきた魔術は他の人から見れば天才らしい。でもまだできないことはたくさんあるんだけどなあ。箒で空を飛ぶのは怖いのもあってまだ試せてないし、長距離の転移とか悪魔の召喚とかもできない。後者はこの世界で言うと精霊の召喚かもしれない。
「一生研究ですか。でも、今はマナの神子の婚約者ですから問題ないのでは?」
「ハァ、呑気だねえ。だいたい俺さまに結界の試験頼むのだっておかしいだろ。殺されるとか思わねえのかよ」
「ゼロスが私をここで殺す理由があるんですか?一番ないと思っていたんですが」
ゼロスがとんでもないことを言いはじめるので驚いてしまった。やはり想い人がいる、とか?それでも私一人消したところでまた新たに神託が下るだけな気がするな。
「一番ない、ってそりゃなんでよ」
「ゼロスが私を殺したいならもっと露見しない方法で殺すと思います。ここはゼロスのお屋敷ですし、自分で手を下す必要もあるとは思えません」
「……ふーん。あんたも一応考えてるんだ」
「まだ死にたくはないですよ」
やっと結界の腕が上がったところなのだ。ここを脱出していけ好かない天使にぎゃふんと言わせるまでは死ぬつもりはない。
「というわけでゼロス、私は体術を学びたいです。先生を紹介してくれませんか」
「どういうわけだよ。まあいいや、あんたも命狙われるかもしれないしな」
なんか不穏なことを言われたが、神子の配偶者ってそんなに狙われやすいものなのだろうか。ゾッとする。ゼロスは表面上だけは微笑んで、先生を紹介してくれることを約束してくれたけど……なんとなくその表情が印象に残ってしまっていた。


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