ラーセオンの魔術師
01

剣と魔法のファンタジー世界に憧れた子ども時代を持つ人は多いと思う。
人間以外にエルフとかドワーフとかの種族もいて、もしかしたら獣人みたいな人とかもいて、国は王様が治めていて。魔王とか勇者とかがいなくても、冒険者が魔物を狩ったりダンジョンを攻略したりしているかもしれない。とにかく中世ヨーロッパちっくなファンタジー世界というのは心ときめくものだ。

――自分が暮らすとなると話は別だとしても。
転生とか転移とか、ラノベの中の話だと思っていました。いいえ現実です。魔法だなんて科学的にありえない?この世界ではありえちゃうんだなそれが。
私は目の前の焚き火を見つめながらそんなことを思い返していた。
この世界――国が一つしかないので国名そのままテセアラと称されるらしい――に前世の記憶を持って転生して二十何年。前世のことを思い出したのは自我が芽生えるのと同時くらいだったと思う。
片親が人間でもう片方がエルフだったらしい私はいわゆるハーフエルフというやつだ。魔術はエルフの血を引かないと使えないと聞いたときは思わずガッツポーズしたよね。だって魔術だよ。使えなかったら悔しさで地団駄を踏んでたところだった。
私が魔術にのめり込むのに時間はかからなかった。エルフの里で色々と学んだり、自分で新しい術を考えたり。古い文献を読むために古代の言葉の勉強までした。戦争もないのだからそんなに魔術に必死にならなくていいのにと呆れられたが、それはそれ。魔術というのはロマンなのです。
そして数年前、私は魔術を極めるために旅に出た。元々住んでいたところでトラブルがあったせいもあるけれど、前々から考えていたことだった。精霊と魔術の関係――それがこの頃の私の関心ごとである。
とまあそんな感じで、精霊の神殿というか、封印のありか(つまり精霊がいるとされる場所)を旅していたのだが、さて。そろそろ現実に戻ってこようか。
焚き火の明かりが周りにいる人たちの鎧に反射する。私が呑気に考えごとをしている間に勤勉な騎士たちが包囲していたようだ。
「見つけたぞ、女!」
いらだたしげな声がかけられる。私はため息をついて振り向いた。
「しつこいなあ。私に付き合う義理はないって言ってるじゃないですか」
「これは神託だ!神託を蔑ろにするとは何事だ!」
さっきと同じ、リーダー格の人がやかましく言ってくる。私は眉を上げた。
「神託ぅ?ああ、クルシスのヒトが調査してなんか言ってきた〜ってことか。宗教に洗脳されてる人はめんどくさいなあ」
「きさま!女神マーテルへの冒涜とみなすぞ!」
転生しただけでもお腹いっぱいなのに、さらにこんな面倒ごとに巻き込まれるとか。種々のトラブルに巻き込まれてきたものの、この神託とやらがたぶん一番厄介だろう。
「冒涜っていうか、事実を捻じ曲げて伝えられた神話に従う理由はありませんので」
「たわけたことを言うな!捕らえろ!」
あまり煽らないようにしたつもりだったが、結局彼らとの対話に意味はなかったらしい。私は杖を手に取ると真っ先に火を消した。
月明かりを木々が遮る森の中はこれだけで真っ暗になる。騎士たちの持つわずかな明かりでは心もとないだろう。慌てて明かりを増やす騎士たちに私はさっさと撤退することにした。
「逃げたぞ!追え!」
気づいた一人が声を上げるが、重装備の騎士と軽装の私では森の中での機動力は段違いだろう。私は明かりがなくてもマナの流れを感じればある程度はカバーできる。
とはいえ足止めはしておきたい。地のマナの匂いを感じながら口の中で呟いた。
「"グレイブ"」
「うわあ!?」
途端に後ろから悲鳴が聞こえてくる。目の前から壁が生えてくれは誰だってびっくりするだろう。混乱する騎士たちをよそに、私は走り続けた。
あーあ。今日は厄日だ。次にふかふかのベッドで眠れるのはいったいいつになることやら。


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