夢のあとさき番外編
あかい・あくま

※ユウマシ湖〜マナの守護塔前くらい

旅の間の料理というのはわりと大事だ。美味しいものを食べないとやる気が出ない。
野営時はみんなで協力してかまどを作ったりするし、宿で調理場が借りられたら息抜きがてらお菓子を作ったりもする。今日はその中間みたいなもので、ルインの廃墟で使えそうな調理場を借りて夕食をこしらえることになった。
「じゃあ私が料理するよ」
「私がお手伝いするね!」
「私も手伝いましょうか?」
「リフィルは道具の確認をしててクダサイ」
リフィルの申し出は丁重にお断りしておく。彼女の料理が独創的なのは身にしみてわかっていたので。
ロイドとジーニアスとしいな、それにクラトスはあたりの警戒に行ってくれている。私はグローブを外して腕まくりすると先ほどハイマから来たという商人から購入した食材を並べた。
「コレット、水汲んできてくれる?」
「はーい!じゃあお野菜も一緒に洗ってくるね〜」
「ありがとう」
コレットに鍋と野菜の入ったざるを渡す。私はその間に使えそうなものを探したり邪魔な瓦礫を退かしておく。人の家に勝手に立ち入るようなものなので心苦しいが、使えるものは使わせてもらおう。
コレットが戻ってきてからは水の入った鍋を火にかけて、二人で野菜の皮むきをした。途中でフライパンを洗いに行ってからスライスしたベーコンと玉ねぎを炒め始める。
沸騰した鍋にパスタを入れて茹で始めて、その間にフライパンでソースを作る。ここからは材料を入れるだけで大した手間ではないのでコレットにはリフィルの手伝いに行ってもらった。
「あー!腹減ったー!」
と、どやどやと騒がしくなって見回り組が帰ってきたのがわかる。今の声はロイドだろう。
「ロイドー!外に出してある机、適当に持ってって!」
「はーい!」
使えそうな机があったので食卓がわりになるかと思って出しておいたのだ。とはいえ狭いので、みんなで一度に食べることはできないだろう。お疲れの見回り組に先に食べてもらうことにしよう。
「今日の料理当番姉さんだったのか。姉さんのメシ久しぶりだなー!」
「はは、そうだね。じゃあお皿持って行って」
茹でたパスタを上げてソースと絡め、皿に取り分ける。するとロイドが「ええ!?」と悲鳴をあげた。
「な、ナポリタン……!」
「ほらはやく」
「うう、姉さーん!!なんで、ナポリタンなんだよぉ!」
「あはは、残念だったねロイド!」
後ろから来たジーニアスが嘆くロイドの背後から皿を受け取ってくれた。ロイドはすごすごとジーニアスに続いて調理場を出る。
そう、ロイドはトマトが嫌いだ。昔からずーっと嫌いだったと思う。そんなわけでナポリタンも苦手ということで。
がっかりとうなだれて食卓に着くロイドの前に別の皿を差し出した。
「ほらいじけない。ロイドのぶんは別メニューにしといたから」
「……!姉さん!」
私も久々に弟に手料理を食べさせるのにそんな意地の悪いことはできないので、別のフライパンでトマト抜きのソースを作っておいたのだ。うん、我ながら甘い。
「……レティ、甘いねー」
ジーニアスも言われてしまう。私は肩をすくめた。
「ロイドはトマト嫌いなのかい?」
「嫌いっていうか、ちょっと食べれないだけだよ!」
「それを嫌いっていうんだよ」
しいなとそんなやりとりをしながらロイドはウキウキとした顔でフォークを手に取る。とりあえずこれで大丈夫そうだ。食後のコーヒーを準備して、残りの私たちのぶんも作ってしまおう――そう思ったところでクラトスが固まってるのに気がついた。
「クラトス?」
じっとナポリタンを見下ろしたまま動かないクラトスに声をかけるとゆっくりと顔を上げられる。なんだかいつもに増して表情がない。
「……なんだ」
「食べないの?」
「食べる……が」
ぎこちない動作でクラトスはフォークを手に取った。そして丁寧に――そんなに丁寧巻かなくてもいいのにというくらい丁寧にパスタを巻いて口に運ぶ。
「……」
もぐもぐと噛んでいるが、心なしか顔が死んでいた。ずっと噛んでいるのにも、フォークを動かさないのにも思わず首を傾げてしまう。
「もしかしてクラトス、ナポリタン好きじゃなかった?」
ようやく飲み込んだクラトスが首を横に振った。
「……いや」
「じゃあ調子が悪いとか?」
「そうではない……」
なんなんだ。この人との付き合いは長くないが、らしくないのはなんとなくわかる。ロイドとジーニアスも不思議そうにクラトスの様子を伺っていた。
「なんだよ、はっきり言えよな。さっきの戦闘でどっか怪我したのか?」
「していない」
「あの、クラトス。……もしかしてトマト嫌い?」
ふと聞いてみるとクラトスはフォークを置いた。私から目をそらす。即答できないということはそういうことだろう。
「嫌いならロイドと同じの作るからちょっと待ってて。それ、私が後で食べる」
「……いや、レティシア……」
クラトスが呼んでくるけど、私はさっさと踵を返した。嫌いならそうはっきり言ってくれればいいのに。トマト抜きソースは改めて作らなきゃならないけど。
「あんたもトマト……嫌いなんだな」
「……」
ロイドのわかるぜという視線と、ジーニアスとしいなの生暖かい目にクラトスが居心地悪そうにしていたのは見ないふりをした。
結局ナポリタンは残してたし。つまりはそういうことだ。


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