「どう考えたって無理でしょ」
「オブラートって知らないの‥?」

友人というのは時に優しく、そして時に残酷である。お昼ご飯のサンドイッチを片手に思考が止まってしまった私とは打って変わって、そんな私の友人はひょいひょいとデザートのチョコレートを口へと運んでいた。

なんの話しをしていたのかというと、つまりは自分自身の恋の話だ。しかも、二つも歳下の男の子に恋をしているっていう話。もうすぐ大学3年生の癖に、一丁前にも彼氏という存在すら作ったことのない私なのに、まだギリギリ高校生の男の子を好きになるなんて思ってもみなかったことだ。‥とは言え、これが現実である。まあ、その男の子の見た目は既に一丁前な成人男性みたいなので、制服の方が違和感あるくらいだ。

なぜ、三つも歳下の彼と知り合うことができたのか。それは元烏野高校男子バレー部の主将だった、現在同じ大学に通っている田代君のおかげである。自分が高校時代に女子バレー部に所属していたこともあり、「後輩が春高出るから観に来ない?」なんて言葉に乗っかったのがまず最初。試合を見た時は、失礼ながら田代君の後輩だなんて思えないくらいの勢いと熱量と体格だなあと思ったのが印象的だったけど、それ以上に見た目と性格のギャップが正反対だった。



▽▼



あの日、試合に勝ち越して嬉しそうに挨拶に行こうとする田代君の後ろをついて回っていたら、物凄い轟音のスパイクやサーブを決めていた彼の姿が見えた。あ、あの人だ。なんて思っていたら、どうにもドキドキしてして、つい声をかけていたのた。


「あの、お疲れ様です、凄い試合でした」


「凄い試合でした」だなんてお決まりの台詞にも程があると思ったけど、汗水流していた額を慌てて拭って少し照れた顔で「有難うございます」は卑怯だと思う。体格の良さと強面な顔付きに、本当に高校生なのかって思わず聞いたら、すごくショックを受けた顔をして、しゅんとしてたのが物凄く可愛かった。



▽▼



以降、彼と会うことはなかった。
‥のに、偶然バイトをしている洋食店でばったりと再会してしまった時は、なんだかこう運命みたいなものを感じてしまった。以降1ヶ月に1回程お店に来てくれるようになって、話しも少しずつするようになって、勇気を出して連絡先を交換し、今となってはなんとなく会話の幅が広がっている。ついには外で会うようになる日が来るのだろうかと思っていたのだけれど、それは未だ叶ってはいない。でも、そうやって期待してしまうということは、それだけ彼 - 東峰旭君のことをずっと考えていたということで、もしかして私、彼のことを好きになっているんじゃないのか?だなんてふと気付いてしまったのだ。

二つも歳下の、ギリギリ高校生の彼に。



「ちょっとなまえ聞いてる?」
「え?あー‥うん」
「あんたさあ、この間もヤスダの告白断ってたじゃん。仲良かったくせに」
「そうなんだけど‥ヤスダ君は私の中で友達だもん‥」
「二つ歳下の、しかも相手高校生でしょ?ぜーったい無理だって。話し合わないよ、ヤスダの方が優良物件だと思うけど」
「やだよそういう中途半端な気持ちで付き合うとか無理‥」
「だから今まで彼氏できたことないんだよーもう。いつまで処女守ってんの」
「別に守りたくて守ってる訳じゃないし!」
「大体向こうも気があったら会いたいって言ってきてる筈でしょ」

うう。胸にぐっさりくる。ほんとに、友人は辛辣である。でもそれが私を思ってのことだというのは分かっているから、余計に口を挟むことができなかった。

サンドイッチを食べ終わってふと食堂から外を見てみると、ピンク色の桜がふわりと舞っていた。大学の中庭はなんだかそこだけ景色が違う。桜の木ばっかりで、卒業生を送り出しているみたい。
今日は、殆どの高校が卒業式。その情報を知ったのも旭君からだった。そうか、もう高校最後だったっけか。なんて思いながら打ち込んだ卒業おめでとう以降、何も言葉は返ってきていない。まあ当たり前か‥と思うと同時にちょっとだけ寂しいというか、悲しいというか。


そういえば、旭君がどこの大学に行くとか、そもそも進学なのか就職なのかとか、そういうこと一つも聞いていなかった。つまり、多分は結局私と旭君の関係なんてそういうこと≠セし、そりゃあ私だってなんとなく勘付いているところはある。だって、試合を観に行ったのだって偶々で、バイト先で会ったのだって偶々で、連絡先を交換できたのだって彼にとってはなんとなくだったんだと思う。私が♂^命だと思っていても、私だけが♂^命だって思っていたって仕方ないのだ。


「なまえ、次の授業は?」
「私次空きだよ」
「そういえば休講って掲示出てたっけ。私コミュニティ論だから先行くね」
「はーい」

しょんぼりしながらサンドイッチの入っていた袋をゴミ箱に捨てて、食堂から一歩を踏み出した。

外、綺麗。
なんかもう、悲しくなってくるくらい綺麗。

この恋をなかったことにするべきなのか否か。大きな溜息で、目の前を通過していく桜の花弁がぴゅうと遠くへ飛んで行くのが見えた。「卒業おめでとう」の後に「会いたい」って送ってしまえばよかった。「伝えたいことがあるの」って、送ってしまえばよかった。本当はちゃんと旭君と話しがしたかったのに。やばい、油断したら目の前がぼやけてきちゃう。

多分彼は、このまま私を忘れるのだろう。新しい場所に足を踏み込んで、忙しくなって、たくさん登録されているアドレスの中に埋もれてそのまま消えていく。‥鼻の奥がつんとした。

大学の授業がまだ残っているのは、専門科目が残っている人だけなので、校内にいる人は殆どいない。ちらほらと見えるのは非常勤講師の若い先生ばかりで、しかも生徒の顔なんて覚えてなさそうな感じの、あんまり見かけたこともない人ばっかりだ。こんなの、外の人達が1人2人入ってきたところで誰も気付かないんだろうな。でもそれってセキュリティ的にどうなんですかね、先生。




「‥なまえ、さん?」




ほら、また1人、奥から真っ黒の学ランを着た大きな人が、周りをキョロキョロと確認しながら校内に入ってきている姿が見える。いやでもさあ、学ランは流石に不味くない?だって高校生ってばっちり分かるじゃん。頭上からはらはら落ちてくるピンク色の桜のせいで、顔はあんまり見えないけれど、そのくらい誰だって気付くだろうに。

「え‥?」

そんなことを考えていたのに、耳に入ってきた声は、確かに聞き覚えがあって、私の心臓を酷く揺さぶったのだ。彼の学ランのポケットから見えている胸章のお花が、ちらちらと目の端の方で揺れている。

「あ、旭君‥?!」
「こん、にちは」

どうして、どうしてこんなところに、旭君がいるの。烏野高校からここまでは、電車もバスも乗り継がないと来れない場所なのに、どうして。頭の中を真っ白にさせたまま固まっていると、彼はあの時と同じように照れ臭そうな顔をしてふわふわと桜が舞うみたいに笑っていた。何がそんなにおかしいのか分からない、もしかして私は旭君のことを考え過ぎて夢でも見ているのでは?と思った。だけど、ぎう、と腕の肉をどんなに摘んでみてもどんなに引っ張ってみても、痛くて痛くてたまらないから、これは多分、夢じゃなくて、現実だ。

「どうしたの、なにやって‥卒業式は‥?」
「終わりました、」
「でもほら、お別れ会的なのとか‥そ、それに学ランで校内に入ってきたら流石に怒られるって‥!」
「入学関係の書類を取りに来ただけなので‥流石に怒られないですよ」
「入学‥?」
「俺、春からこの大学の生徒なんです」
「え」
「勉強したいこと、ここで学べるの分かって。‥なまえさんも、ここだって言ってた、から‥も、行け、‥ら‥」

なに、言ってるんだろう。今度は耳までおかしくなっちゃったかな。旭君が好きで、だから自分に都合良く聞こえてるんじゃないかな。少しずつ少しずつ顔を赤くさせる彼は、声のボリュームも段々と尻すぼみになっていった。なんて言ってるか全然聞こえないんだけど。でもそれが彼の声の小ささのせいなのか、私の心臓が爆弾みたいに煩いからなのかは見当がつかなくて。

「そんなこと、一言も言ってなかったじゃん‥」
「おっ、追っかけてきたって分かったら気持ち悪いかと‥」
「そんなことない!」
「!」
「どうしよう、すごい嬉しい、言ってよ、もう、まだ心の準備全然出来てないよ‥」

「卒業おめでとう」って送ってから、なんとなく全部諦めてた。だから私はまた実らない恋しちゃったかもしれないとそう思ったけど、もしかしたらそれは違っているのかもしれない。

「‥なまえさん」

だってほら、真っ直ぐに向けられた視線は、綺麗な桜の花弁になんて目もくれず、私しか見ていないのだから。



やさしいももいろよりすきよ
チコ( 主催 ) / 18
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