▼ 海と背中と錆びた夢

よく思う。あの色をどこかで見た事があると。
よく思う。あの空はどこか懐かしい香りがすると。




「セバスチャン何をボーっとしている」

後ろから少々苛立ちを込めた声でハッと気が付き振り向いた。
今まで空を見つめていたとか、思考の海の中だったとかバレないように予め準備をしていたが、先ほどの主の声からすると完全にバレてしまっているようだ。
「申し訳ありません坊ちゃん・・・」
「見れば分かる」
なにやら、とても懐かしかったのだ。あの晴天という訳でもない、曇天でもない、少しくすんだ色の空が。

何処かで思い出を作った時の空だったか?

誰かと共にいた時に見上げた空だったか?

多分、どれでもないと思う。

しかし思い出せない。

何故懐かしいと思うのか。
そしてずっと考え事をしていた時の主の声で我に返った訳だ。気になるものの、職務が優先なのでさっと空に背を向けて歩き出すのみ。
「何を考えていた?」
「いえ、別に何も」
「僕の前では嘘を吐くなと言ったのを忘れたのか?セバスチャン」
「・・・申し訳ありません、嘘を吐いていました」

共に執務室へ向かい、そっと扉を閉めるとシエルは床を指差して、セバスチャンに跪くように無言で促す。そっとそれに従い、主を見る為に顔を上げるのと同時に今度はシエルと目が合った。一度視線をズラしてすぐに顔を戻すと、再度視線が絡み合うった。二人にとってはごく普通に。
「坊ちゃん・・」
「何か悩み事でもあるのか?まさか自分の生まれ故郷に帰りたくなったとか言うんじゃ・・・」
「と、とんでもありません!」
「それじゃあ何が不満なんだ、あるなら僕に言ってくれ・・・調子が悪いと・・・僕も心配だ」
小さな暖かい手が、見た目冷たそうな白い肌にそっと添えられて。


――少し悩む自分がいる。

空の色が、懐かしい色をしていた。だが懐かしい理由が分からない。どこで見たのかとか、自分は人間のように、思い出にロマンを求める生き物ではないから――さして心当たりがないのだ。と。

そう告げると、シエルは一度目を見開いて驚いたような仕草を見せた。こんなしどろもどろして答えを見出せずに悩むセバスチャンを見るのが珍しいからだ。

どうしようと自分なりに悩んで、シエルはそっとその身を包んでやった。――と言っても、シエルがセバスチャンを抱きしめるには、体格差が開くので、こうして自分の前に跪いて見下ろす体勢の時しか出来ないが。どこか冷たく、だけどそっとほんのりとした香りがシエルの鼻をくすぐる。こうして抱きしめる時、甘いような、冷たいような、花のような。
そんな淡い香りを放つのだ、彼は。
「坊ちゃん・・」
返事は無かった。とても暖かく、ぬくもりのひととき。そしてセバスチャンは思い出した。嗚呼、この色だからか、だから懐かしかったのかと。
「坊ちゃん。分かりました」
少し明るめの声で呼ばれてそっと身を離す。シエルはそれでも少々の心配の色を残していたが、セバスチャンはニコリとした。

「あの懐かしい色は、あなたの色でした」
「・・・え?」
「あなたの、その髪の毛の色です。先ほど見上げていた空の色は、あなたの髪の毛の色とよく似ていたんです。だから、懐かしかったんです」

そうか、と納得をしてシエルも微笑む。





珍しく、シエルからの優しい口付けが頬に当たった。


prev / next

TOP

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -