「おっ!今日はエースなんだ?」
「そうだけど……まさか待ってたのか?」


わざわざ玄関まで出てきて、と驚いたように眼を見張るエースに小さく頷いて返す。すると、それを聞くなり何を勘違いしたのかぺろりと舌舐めずりをして艶っぽい笑みを向けてきたものだからじわりと嫌な予感が込みあげる。


「へぇ…なんだかんだ言って噛まれんの嫌じゃねェんだ?」
「ちがう!そうじゃなくて!」
「まあ繰り返すうちにクセになっちまう人間もいるらしいしな〜」


だから!違うんだって…!
微塵たりとも話を聞かないエースにするっと距離を詰められ慣れた手つきで顎に手を添えられたので、こっちも負けじと両手で首筋をガードする。


「手、退けろよ」
「退けないよ!ていうかちょっと落ち着いて!」
「言われなくても落ち着いてるから早くくれって」


必死か!どんだけ血に飢えてんの!切羽詰まってんの…!
自制が効かないのか、はたまたそもそも効かせる気がないのかはわからないけれど、首をガードしている手にそっと顔を寄せられて。かと思えば、ふにっと押し当てられた柔らかい感触に思い切り目を見開いてしまった。


「ちょっ!エース!」
「……んぁ?なんだ?なまえの手、すげぇ甘い匂いすんぞ」
「そう!それそれ!そこ本題!」


手元をスンスンと嗅ぐエースの頭を引き剥がして慌てて距離を取ると、なんの匂い?とでも言いたげに首を傾げるのでキッチンまでダッシュして来い来いと大振りな動作で手招きをする。
来ればわかる!おとなしくこっちに来てくれればわかるから…!


「ほら!おいでエース」
「なんだよ?……って、それチョコケーキか?」
「イエス!ガトーショコラ!」
「………で?」
「エースにあげる」


ラッピングなんて洒落たものはしてないけどいいよね?どうせここで食べて行くでしょ?
そう勝手に決めつけて引き出しからフォークを取り出すと、引き続き不思議そうな表情で「なんで急に?」なんて問われたので、思わずつられるように首を傾げる。

「なんでって…今日バレンタインじゃん?」

去年までは特に渡したい相手もいないし…ってなわけでバレンタインなんて総スルーしてたけど、わたしだって一応は女の端くれだ。製菓会社の思うツボだとはわかりつつも、こーいう行事に参加したいという気持ちを何処か心の片隅に持ち合わせていたらしい。

それに合わせて今年のバレンタインは運良く水曜日。彼らのうちの誰かがやってくるということで受け取り役を担ってもらおうと思っていたのだけれど…。


「ばれんたいん?」
「う、うん。本日2月14日は世に言うバレンタインデーなんだけど……知ってる?」
「いや、知らねぇ」


どうやら吸血鬼たちの間ではバレンタインという行事文化がないっぽい。けど、別に知らずとも貰ってさえくれればそれでいい。バレンタインしたぞーって気分を味わえれば満足なのである。


「まあ簡単に言えば女の子が好きな男性とか仲良い人にチョコを贈る日でね?一応それのつもり」
「す、好きな男?!」
「とか仲の良い人、ね」
「いやでも、俺吸血鬼だぞ…?」
「ねえ聞いてた?なんで前半だけピックアップすんの?仲良い人にもあげるって言ってんじゃん!」
「…まあでもナシではねぇよな」


あああっ、もう!今日は一段と話を聞かないね?!どうしちゃったんだろうねエースくん!
……かくなる上は強行突破だ。目の前のガトーショコラをフォークで掬い、隙を見て口の中へと放り込む。そうすると、数回ほどモグモグと咀嚼していたエースの顔が徐々に険しいものへと変わって。


「…にっっげぇ!」
「あ、ダメだった?3人のうち誰が来るかわからないから甘いの苦手そうな2人に寄せてビター強めで作っちゃったんだよね」
「2人って……誰が来ても食わせるつもりだったのかよ」
「そりゃあ元々義理チョコのつもりだったから…。でもなんかごめん。まさかそんなに落ち込ませるとは思わなくて」


さらに言えば、本命と勘違いされるなんて微塵も想像してなかった。紛らわしいことしてまじでごめん。わたし如きが男心を弄ぶなんてウン億光年早いよね…!


「あの、エース?」
「………」
「話を聞かないで突っ走ったエースにも若干の非はあると思うけど、わたしも大概デリカシーがなかったと思うし、その…脱苦味する?」
「…脱苦味?」
「そう!甘いので中和したらいいと思わない?」


努めて明るいトーンで言えば、むっすーと顔を顰めていたエースがチラリと横目でわたしを見た。なので、忙しなく冷蔵庫を開けて生クリームを手に取ろうとするも、なにやら背後から腕を回されてグッと身体が引き寄せられる。

そして抵抗する暇もないままに髪をかきあげられ、うなじの辺りをジリっとした熱い痛みが襲った。

「っ、!」

一瞬びくりと身体を強張らせると、お腹の前に回されたエースの右手がわたしの服をぎゅうっと握りしめるのがわかる。

「急に噛んでごめん」だの「このままいただきます」だの多くの意味が込められているだろうそれを黙って受け入れれば、暫くしてグラリと視界が歪む感覚に襲われて。ああ、やばい…。


「…エース、そろそろキツい」
「……ん、っ」


そう熱の篭もった吐息がすぐそばから聞こえたと同時、ゆらりと離れたエースが今度はゆっくり肩口へと顔を埋めてきて。

なんだなんだと思考を巡らせる最中、ふと耳元で囁かれた低音になんだか無性に気恥ずかしさを覚えてしまったのだった。






(生クリームなんかよりお前の方が断然甘ェ)
(っ、)
(それと!次はちゃんと俺のためだけに作ってくれよな、チョコケーキ!)
(ぜ、善処はします…)
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ハッピーバレンタイン〜!
エースくんはビターよりミルクチョコ派なイメージ(´・ω・`)
sweet×sweet
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