「げっ!」

水曜日の夜。
お風呂から出ると、涼しい顔をしたローが部屋で待ち構えていた。……いや、でもちょっと待って。これはやばい。非常によろしくない。

ゆらりと立ち上がったローから距離を取りつつ、パジャマとして着衣しているジャージのズボンをぎゅっと握りしめる。


「なまえ、」
「た、タンマ!少し待ってもらってもいいかな?!」
「あァ?いいわけねェだろーが」

スッと目を細めてわたしの着ているズボンを鷲掴むロー。

「さっさと寄こせ」


おわかりだとは思うけれど、これは決して「ズボンを寄こせ」という意味ではない。血だ。血を早く寄こせと言われているのだ。って、ぎゃあああ!引っ張らないで!脱げる!脱げちゃう…!


「わかったから!あげるから一旦手を離そう?!」
「脱げよ」
「ストーップ!」
「脱がねえなら脱がすぞ」
「ま、捲る!捲りますから下げないで!」


悲痛な声で叫ぶと、顔を顰めて渋々ズボンから手を離してくれたので、これ幸いと急いで裾をロールアップする。大丈夫、これダボダボなやつだから!上まで捲れちゃうから!


「ほら!どうよ!」
「もっと捲れ」


そう言ってぐいっと足の付け根まで押し上げられたかと思えば、半ば強引にベッドへと座らされて早々に鋭い牙を向けられる。そして、ガブリ。遠慮も配慮もないような力加減で噛みつかれて思わず下唇を噛んだ。

「っっ!」

…本気を出したらめっちゃ上手いくせに。ほぼ無痛にさせることができるくせに。それなのになんでこうも痛いようにするんだろう?
キミに慈悲はないんですか…!
優しさはないんですか!


「しかも太ももって視覚的にエグい!ふくらはぎじゃダメなの?」


キッドの時の二の舞になるのは御免だから「返事は吸い終わってからでいいけど!」って慌てて付け足しておく。……っていうかローやばい。何そのがっつき加減。ものすごい勢いで身体の力が抜けていくのがわかる。ぷ、プルーン…。プルーンをください…。


「そろそろ終わりにしてよ…。」
「………」
「ねえ、って!」
「………」
「ロー!」


ストップをかけても聞き入れてもらえない。こんな時にシカトって。どんだけ恐怖に陥れたら気が済むんだ。
なんてことを考えている間にも、目の前がチカチカと霞み始めていよいよ冷汗が噴き出してくる。…ええっ、なにこれわたし大丈夫なの?無事に生還できるの?


――ガリッ


「痛っ?!」


ぼんやりする思考の中ふわりふわりと視線を泳がせていたら、ふと強い痛みに襲われ一気に意識が引き戻された。って言ってもまだ全然くらくらするけど!明らか血が足りてない感ハンパないけど!

とにかくもう座ってるのさえダルくて、パタンとベッドに倒れ込む。


「……ローの終わりの合図、痛いからやだ」
「へえ」
「キッドなんて優しく指で拭ってくれんのに」
「アイツと一緒にすんな」
「キッドは優男だからな〜」


力なく笑えば、足元にいたローが隣に腰かけてふわりと頭を撫でてくる。次いで同じように上半身を倒してきたかと思えば、耳元に口を寄せて何やら楽しそうに呟かれて。


「もっとイイとこ噛ましてくれんなら優しくしてやるよ」
「……。」


目の前の男に底知れぬ警戒心を抱いた瞬間だった。


ふたりめ
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