tns・他 | ナノ

「あぢいー」
「おっ、切原くん」
「ん?あ、えっと女テニマネの……みょうじ先輩!」
「あたり!あはは、名前覚えてくれてたんだねー!」


練習で使ったボトルをジャバジャバと洗いながら言えば、隣にしゃがみこんだ切原くんが「はい!」と懐っこい笑顔を浮かべた。なんていう子犬スマイル…!


「女テニも練習終わったんスか?」
「うん。今日は顧問の先生の都合で3時までだから」
「へえ!じゃあ俺らと一緒なんすねー」


鼻の頭に浮かぶ汗をユニフォームの袖で拭う切原くん。その仕草を何気なく眺めていると、ふと大きな切れ長の目がこちらを向いて。
あ、見すぎたかな?なんて目を反らそうとしたのだけれど、わたしの首にかかっているタオルの端がポンと優しく顔に押しあてられた。

「みょうじ先輩、顔にめっちゃ水跳ねてるッス」

そう言って楽しそうに笑う切原くんは未だ蛇口を捻っていないのにも関わらず全身がびしょぬれだ。ポタリポタリと滴る汗は、厳しい練習メニューをこなしたスポーツマンの努力の証だろう。
うん、カッコいいぞ少年!


「あ、そうだ切原くん!」
「なんすか?」
「この氷水余ったから捨てちゃうんだけど、捨てる前にちょっと遊ばない?」


にやりとイタズラな笑みを浮かべ、クーラーボックスに入った氷水を差し出す。
すると予想通り、目をキラキラ輝かせた切原くんが食いついてきた。


「えっ!やる!つっても何するんですか?」
「どっちが長く水の中に手付けてられるかゲーム!モチロン負けた方は罰ゲームで!」


洗い終わったボトルをカゴに詰めながら発案すると、コクコクと嬉しそうに頷いた切原君が再びユニフォームで顔の汗を拭う。
いくら木陰にある水道って言っても気温が高い分、早々汗はひかないよなあ…。

そう思って、首にかけていたスポーツタオルを切原くんの頭にパサリと被せた。


「えっ」
「よかったら使って!汗臭かったらごめんだけど」


対決のフィールド(クーラーボックス)をお互いの間に移動させつつ言えば、隣からくぐもった声で「すげえみょうじ先輩の匂いする」なんて聞こえて思いがけず頬が熱くなる。
ちょ、ちょっとその発言は恥ずかしいよ切原くん…。

居た堪れなくなって、タオルに顔を埋める切原くんの筋肉質な腕を軽く叩く。


「ほ、ほら!やろ!」
「へへっ、りょーかいッス!」
「じゃあいくよ!よーい、スタート!」


自分の出した合図と同時にクーラーボックスへと両手を突っ込むと、隣で同じように両手を氷水に浸けた切原くんが「つめてー!」と楽しそうな声を上げる。

ほんと子犬みたいで可愛いなあ。
思わず頬が緩む。

すると、いつの間にやらわたしの顔をガン見している彼と目があって。
なんだなんだと見つめ返せば、ふと氷水に浸けていた左手をぎゅうっと握りしめられる感覚。

思わず下に目線を落とすと、わたしの手は切原くんの骨ばった大きな右手にすっぽりと覆われているではないか。……ええっと。これはいったいどういう状況…?


「き、切原くん?」
「前から思ってたんですけど」
「うん?」
「みょうじ先輩の笑顔、めっちゃクる」
「……はい?」
「すっげえ可愛いッス」


クーラーボックスに両手を突っ込んだまま、肩口で顔を隠して言う切原くん。
な、なんだってこの子はそんな恥ずかしいことを直球で…!ていうかわたしの笑顔がか、かわ、可愛いだなんてありえないって!

想定外の言葉にワタワタと狼狽えるも、徐々に両手がビリビリしてきた。
うっ、痛い。痛いぞ…。
それに反してライバル切原くんはまだまだ余裕そうな顔をしている。

く、くっそう。悔しい…、けど!

「ううっ!ギブ!冷たくて痛い!」

そう声を出して、勢いよく両手を引き抜く。
モチロン、握られていた手も無理やり引き抜いた。だってあのままとか恥ずかしすぎる。しぬ。


「あー!みょうじ先輩早くないッスか?」


いやいやいや、うそでしょ…!
恥ずかしい云々抜きにしても、勝負は真面目にやったつもりだよ!むしろ未だにクーラーボックスの中で手を泳がせている君が信じられない。

そんなことを思いながら切原くんを見ていると、わたしが体温を戻すために手を擦り合わせているのに気が付いたらしい。


「手、冷たい?」
「うん。超ビリビリする」
「へえ…じゃあちょっと貸してくれません?」
「えっ」


貸すってどういうこと?なんて首を傾げた瞬間。切原くんのキンキンに冷えた両手によって左右の手首をくいっと引かれる。

そのままわたしの手が到達した先は――、


「ひっ!つめて!」


まさかまさかで、切原くんのほっぺただった。


ちょ、待って。ほんと待って。
今はその太陽みたいな笑顔も直視できないって。


「ど?あったかいっしょ、みょうじ先輩?」
「……っ」
「みょうじ、せんぱい?ちょ、なんで涙目なんスか?!え、俺のせい?!」



わたしの顔を覗き込んだ途端ギャアギャアと騒ぎ出した切原くんに小さく「恥ずかしい、です」と声を絞りだせば、一瞬目を見開いたのちに何故かズルズルとしゃがみ込んでしまったではないか。

そしてその数秒後。

再度発されたストレートな彼の物言いに、只でさえ暑いこの空間がさらに熱くなったような気がした。



(やべえ…照れてるとこもチョーかわいいッス)
(ひいぃ!もうやめて切原くん…!)

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ただただ無性に赤也が書きたくなりまして(´・ω・`)
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