tns・他 | ナノ


夕焼けの差し込む教室の中。
じわり、じわり。
視界がぼんやりと滲んでいく。

「…うわ、泣くんすか」

今までダンマリを決め込んでいた後輩がぽつりと一言呟いた。
前の席の椅子に跨る形でこちらに身体を向けている彼の表情からは「面倒くさい」といった感情がヒシヒシと伝わってくる。くそう、こんな時まで辛辣モードなのか…。


「先輩が傷心してるんだから少しくらい優しくしてよー」
「はあ…。」
「わたしと財前くんの仲じゃん」
「そんなもん築きましたっけ俺ら」
「ちょっ、真顔やめて!ボロボロのハートに決定打を打ち込まないで…!」


わあわあと声を張り上げれば、如何にも煩わしそうに眉を顰められる。
…いつだったかな。隣のクラスの忍足くん相手に財前くんがこの表情をしているのを見たことがある。実際にされてみるとなんともまあ心に突き刺さる表情だ。


「てか俺は前から言うてましたやろ。別れろって」


こちらを一瞥して言う財前くんを前に「うっ」と思わず言い淀む。
今の発言からもわかる通り、彼には今回の件に関した相談を以前から持ちかけていたのである。
最初は自然と顔を合わせる場であった委員会の時に、最近ではこうやって空いた時間に聞いてもらうことも多々あった。

けれどその度に財前くんから「別れろ」との助言の数々を頂いていて。その理由はと問うてみれば、総じて「その男絶対浮気しとる」の一言だった。

今になってみれば財前くんはいつだって何一つ間違っちゃいなかったんだなあ、と思う。


「しかも浮気相手が元カノとか…。心臓張り裂けそう…。」
「そこまで話が進んでもまだ別れとらんとかアホちゃいます?」
「だって勢いで別れたら後々後悔するかも、とか思っちゃってさー」


ボソボソと小さい声で反論すると、本日何度目かわからない溜息を吐かれてしまった。まあ気持ちはお察しします。きっと逆の立場だったらわたしも呆れ果てていると思う。


「……ちなみに、」
「ん?」
「元カノがウロチョロせんくなったら、そのまま彼氏と続けていきたいん?」
「………。」


改めて聞かれると自分でもどうしたいのかよくわからなくて、無言で頭を抱える。


「その気があるんやったら俺がその元カノどうにかしたってもええですよ」
「…え?」


どーいうこと?
そんなこと可能なの…?
言葉の意味を探るように財前くんを見る。すると、どこか切なさを浮かべた瞳と視線がぶつかって。


「俺、これでもまあまあモテる方なんで」
「まっ、まあまあなんてもんじゃないよ盛大にモテてるよ!…でもそれと元カノにどういう関係が、」
「あのぶりっこ女引き剥がしたります」
「………は?」
「オトして俺の彼女にでもするんで。そしたらもうなまえ先輩が悩むことないやろ?」


突然の提案に言葉が出てこない。

たしかに財前くんならそれが出来ちゃうかもしれない。だけど財前くんあの子のこと特別好きとかじゃないでしょ?ただただわたしの彼氏から引き離すためだけに利用されてやるって言ってるの?

「なに、それ…。」

そんなこと頼めるわけがない。

「そんなのしなくていいよ」
「したらどないすればええんですか」
「財前くん、」
「どうしたらその顔せぇへんようになるん?」


その顔って?わたし今どんな顔してる?
窓に映る自分を見てみたけど、よくわからなくてすぐに視線を戻す。
一方でわたしのその行動の意図がわかったらしい財前くんが右耳のピアスを弄りながら「見えました?」と問いかけてきた。


「…見えない」
「見えなくて正解かもしれんすわ。めっちゃぶさいくな泣きっ面やから」


茶化すように言ったその声はいつもより数段低い。
そして、財前くんのこんな顔は初めて見た。諦めたような、辛そうな、泣きそうな、そんな顔。


「なあ先輩、もう泣かんで」
「っ、」
「先輩はアホみたいに笑っとる方が似合ってますよ」


そう言って口元を緩めた財前くんの方こそ泣きそうな顔をしていて、なんだか無性に胸が締め付けられる思いだった。


「……財前くんこそ、いつもの意地悪な笑顔の方が似合ってる」


(…決めた。わたし、ちゃんと終わらせてくる)
(えっ)
(いつまでもウジウジしてたら可愛い後輩が泣いちゃうもんね?)
(はあ?な、泣いとったのは先輩やろ!)

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どよよんとした空気のものを書きたくなりました!見事撃沈してますけれども。(笑)
財前くんは好きな人のためだったら自己犠牲とかしちゃいそうだ(´・ω・`)
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