tns・他 | ナノ

問題集の内容を解説する数学担当の教師の声と、それに合わせて板書を急ぐ生徒たちのペンを走らせる音。時々、集中力を切らせた数人の話し声。

それなりに静まり返るその空間で、現在わたしの身に最大のピンチが訪れていた。

鳴るな。堪えろ。静まれ…!
前屈みに背を丸め、お腹の中央あたりをグッと抑えこみ心の中でブツブツと念を唱える。が、抵抗虚しく恐れていたそれがいとも簡単に存在を主張する。

ーーぐううう

「〜っ、!」


うっっっわ…。アウト。超アウト。
よりによって音デカいし、なに「ぐううう」って。せめてもっとこう「きゅるるる」とか女の子っぽいのがよかった……なんて思ったところで既に遅い。

丸めていた背を更に屈め、ゴツンと机におでこをくっつける。…ああ、穴があったら今すぐ入りたい。埋まりたい。恥ずかしすぎる。


「なあ、今のだれ?すっげぇ音したぞ」
「私じゃないよ。後ろの方じゃない?」
「え?じゃあみょうじ?」


コソコソと前のふたりが音の出所を探っている。やめて。ほんとやめて。わたしの心のHPはすでに0に等しいから!これ以上刮ぎ取ろうとしないで…!

恥ずかしさで火照る頬を隠すようにひたすら机に伏す。心なしか嫌な汗まで出てきてじわりと手のひらが湿り始めた頃、不意に隣から「あー、それたぶん俺」なんて思いもよらない一言が聞こえて一瞬己の耳を疑った。

いや、だって…….ええっ?


「な、なんだ万里くんか〜」
「腹減ってんの?なんか食う?」
「や、大丈夫。ありがとな」
「そ?」
「ん」


トントン拍子に交わされた会話はあっという間に終着地点へと辿り着いたようで。恐る恐る机からおでこを離すと、チラリと視線を横にやる。


「…なに」
「……摂津様愛してる」
「は?」
「まじやばい。摂津まじやばい」
「語彙力どこいったよ」


小さく笑みをこぼしながらおもむろに上着のポケットを探り始めた隣席の彼。その姿を何気なく眺めていると、広げていた問題集の上に取り出した何かをバラリと数個ほど散りばめられる。よくよく見れば、それらを個装している包み紙には某有名チョコレートの商品名が所狭しと印字されていてバッと弾かれるように摂津の方を振り向いた。


「食う?」


前の2人に聞こえないように、っていう気遣いなのか耳元でそう小さく問いかけられる。わざとらしく小首を傾げた摂津の長い前髪がさらりと揺れるのを前に慌てて首を縦に振れば、もう一度楽しそうに口角をあげて「どーぞ」だなんて。少しだけ掠れた声が鼓膜を揺らす。


「ちょっともう割と本気で摂津愛が芽生えそうどうしよう」
「芽生えさせときゃいんじゃね?」
「え〜?むぐ、…うま!」
「それ甘すぎなくていいよな」
「うん!超おいしい!」
「俺、美味いモン食ってる時のみょうじのその顔けっこー好きだわ」


口元に手を寄せ、ふはっと笑う。たったそれだけの所作だというのに妙に絵になるのはイケメンマジックってやつなのだろうか。どうなんだろう。

うっすらと頭の隅で考えながら黙々とチョコを口に放り込み続けていると、あっという間に貰った分を食べ尽くしてしまった。

ありがとう、摂津様。本当に本当に美味でした。手元に残った包み紙を丸めつつそう口に出そうとするも、くう、とまたしても小さくお腹が鳴ってバッと咄嗟に両手を当てる。


「足りねぇって?」
「ち、違くて!少しお腹に入れたから胃が動いたのかな?!そうなのかな?!」
「いや、知らねーけど…。」


ボボボっと顔が熱くなるのがわかる。
やだむりありえない!お腹の音はまじで恥ずかしい!黙れわたしの胃!あとちょっとでお昼だから…!


「みょうじの顔すげぇ真っ赤」
「っ、!」
「食えるなら全部やるよ」
「えっ」


いやでも、摂津が食べたくて買ったものをほぼほぼわたしが貰うだなんておこがましくない?アカンくない?手に持たされたスリムパックの箱をどうしたものかとこっそり摂津の顔を盗み見る。
……あ、目合っちゃった。


「いーよどうせ貰いもんだから」
「さっき摂津が購買で買ってるの見ましたけど」
「あ?お前ストーカーかよ」
「飲み物買いに行ったら偶然見えちゃっただけだし」
「…あっそ」
「あの、だから、」
「あー、まぁどっちにしろあんまり持ち歩いてても溶けちまうだけだし」


長い指で軽快にペンを回しながらなんてことないように言ってのけた摂津……いや、摂津様。関心薄そうに黒板を眺めるその横顔が輝いて見えて仕方ない。ああ、もう!最高かよこのハイスペックヤンキーめ…!


「けどやっぱり全部貰うのは、」
「んじゃ俺もひとつ食う。それで文句ねーだろ?」


これ以上ゴネてはせっかくの好意を無碍にするようで逆に失礼かもしれない。そう思い、大人しくひとつ取り出して摂津へと差し出す。……が、何故だろう。

片方の手中では未だくるくるとペンが回り、もう片方の手は頬杖の役割を全うする気満々な様子で一向にチョコレートを受け取ろうという気配が見られない。
…さて、どうしたものか。


「摂津?」
「あとで貰う」
「そうやって有耶無耶にする気でしょ」
「ちげーって」


そう言った割には言葉と表情がミスマッチすぎる。あ、バレた?って思いっきり顔に書いてあるんですけど。…いや、むしろあえてそんな表情を作っているのかも、なんて心の中でくどくど考えながら見ていると、何処か楽しげな色を浮かべて黒板へと戻された視線。

……よし、それならこっちも奥の手だ。


「………」
「……んだよ」
「こうしたら食べるかなーって」


薄くて形のいい唇に半分ほど包装を剥いだチョコをふに、と押し当てる。元よりつり目気味な瞳をスッと細められて僅かに怖気付いたけど、心配は杞憂だったみたいだ。「わーったよ」と呆れ気味に言った摂津がパクリとチョコを口に含んだのである。

その時、ほんの少しだけ指へと触れた柔く暖かい熱に慌てて手を引っ込めてしまう。だ、だって今摂津の唇が…!指に!


「っ、!」
「……ンな照れるくらいなら最初からやるなよ」
「て、照れてないし!」
「はあ?どう見たって照れてんだろ」
「だから照れてないって!」
「照れてる」
「照れてない!」
「照れて、」
「ない!」
「「…………」」





(後ろのふたり仲良いよな〜)
(さっきもなまえのこと庇ってあげてたみたいだもんね、万里くん)
(それな。会話全部筒抜けてるっつーの)

------------
万里くんと仲のいい女の子設定!
この度はめでたくA3!にどハマりしましたので最推し摂津万里くんを書きたいな、と思ってやらかしました|・ω・`)これからいっぱい書きます、万里くん。
×