君色に染められて


ああ、喉が渇いた…。
フルーツジュース、炭酸飲料、お茶…いや、この際水でもいい。
外の空気が乾燥しているからか無性に口渇感を感じて食堂まで来てみたものの、時間も時間なだけに4番隊のみんなは忙しそうに夕食の準備へと取り掛かっていて。

これは軽々しく水をくれなんて言える雰囲気じゃないよなぁ…。そう肩を落としたのも束の間。

「…ん?」

……おおっ?よく見たらそこのテーブルに缶ジュース置いてあるじゃん。しかも運良く未開封ときた!
……よし、これは迷いなくGOだ。

「持ち主に怒られたら今度買って返そう。そうしよう!」

そんな紙よりも薄っぺらい予防線を張り、念のため本当にこれが飲料物なのか、賞味期限は切れていないか等を確認して一気に口へと含む。
…んっ!ピーチ味だ!おいし〜!

「ただちょっと量が少な、」
「あああぁぁっ!なまえ!お、お前それ飲んじまったのか?!」
「えっ!えっ?!」


右手に包丁、左手にジャガイモを握りしめたサッチがカウンターの向こうから猛ダッシュで駆け寄ってきたものだから大袈裟なほどに顔が引き攣る。う、うそ?まさかこれサッチのだったの?!

「っ、ごめん!今度同じの買って返すから!」
「いや、そうじゃなくてよ!」

なんともねぇのか?と探るように顔を覗き込んできたサッチをジッと見つめ返す。…すると、なんだろう。
その心配そうな表情が、低く潜められた声色が、急にすごく魅力的に思えてきてゴクリと喉が鳴る。

…い、いやいやいや。
なにそれ?なんなの?!
焦っている間にも胸の奥がじわり、じわりと高揚したりして。

「なまえ?」
「…なんかわたしオカシイ、かも」
「おかしい?…って、オイ!おまっ、何してんだ!」

頭で考えるよりも先に身体が動いてしまった。スッと伸ばした腕をサッチの首へと緩く回せば、大きく目を見開き慌てて近くのテーブルに包丁を置いてくれたけれど、その空いた手で肩をぐいと押される。

「お、落ち着け!一旦離れ、」
「何やってんだよお前ら」

……あ、マズい。
地を這うようなド低い声にゆっくりと振り向くと、案の定怒りの念を纏ったエースが目を細めてこちらに歩み寄ってくる。

そりゃあ自分の恋人が他の男に抱きついていたらさぞかし頭にもクるだろう。悪いのはわたしだ。

だけど違うの!聞いてエース!
これはわたしの意思じゃないっていうかなんていうか!身体が、本能が勝手に…!

「ちょっ、お前も落ち着けエース!これは惚れ薬の効力だから!効き目なくなりゃ元のなまえに戻るから!」
「…惚れ薬だぁ?」

そうそう!惚れ薬のせいだから……って、え?待って。なに?惚れ薬ってどーいうこと?

「…あっ!まさか!」

この桃ジュース?!慌てて空の缶を手に取り、その外面を穴が開くほど入念に読み詰める。だけど、どんなに読めどもそこには惚れ薬だなんだの記載は一切ない。伺うようにサッチを見上げれば、目が合った瞬間ドキっと心臓が跳ねて咄嗟に目を逸らしてしまった。

「こーら!顔赤くすんな!」
「いや、だからこれは惚れ薬の呪いなわけであって…。」
「呪いは言い過ぎじゃね?ちょっと失礼なんですけどなまえチャン」
「ひっ!」

や、やめてやめて!顔を寄せないで…!
あからさまにふいっと顔を背ける。
すると、どうやらその所作さえもがエースのことを刺激してしまったらしい。

「ハァ…。」
「ご、ごめんエース…。」

決して消沈の溜息なんかじゃなかった。もっさりたっぷり苛立ちを含んだそれに冷や汗を垂らすと、最強にイジけた表情を浮かべたエースにぐいっと身体引かれ、その腕の中へと閉じ込められる。

「…なあ、これの効力いつまで続くんだよ?」
「おーい、さっさと出てきて説明してやれ。このままじゃ俺が炭にされちまうっての」

疲れ切ったサッチが厨房の方を振り向くと、背の高いTHE猫顔な若い隊員がひょこりと顔を覗かせて。

「あの、それ前の島に寄った時に酒の席で貰ったやつなんスけど…。」


飲んだ後に異性と5秒以上見つめ合うとその相手に惚れちまう、とか。3時間程度で効き目は切れるらしい、とか。諸々を聞き終わると、足早に食堂を飛び出したエースに連れられひたすら廊下を突き進む。

「ちょっ!急にどうしたの!」
「どうもこうもねェよ。他のヤツと目合わせないように3時間俺の部屋から出んの禁止!」
「な、なんかヤンデレ感すごいんですけど」
「うるせぇ」

ドアノブを捻り、先に部屋へと入ったエースに手首を引かれる。そのまま広い胸に受け止められたかと思えばギュッと力強く抱きしめられて、じわりじわりと申し訳なさが蔓延するばかりだ。

「エース、」
「俺以外見んな」
「っ、」
「…すげェ妬くから」
「……うん」

取り繕うこともせずド直球に「妬いてる」と伝えてくれるエースがどうしようもなく愛おしくて。ダメだダメだと思うのに、耐えられず口元が緩んでしまう。きっとこんなところを見られでもしたら余計に機嫌を損ねてしまうんだろうな、なんて。その逞しい背中に腕を回し、ニヤける顔を隠すようにグリグリと胸に頭を押し付ける。

「なまえ」
「ん〜」
「エース好き好き大好きーって言って」
「ぶふっ!なにそれ…!」
「最高に可愛い感じで」

抱きしめてくれていた腕が解かれ、その優しい両手が今度は頬を両側から優しく包み込む。そして、上を向けと言わんばかりにクイっと角度を変えられた。

視線の先では何よりも大切で、それでいて誰よりも愛おしいエースが屈託のない笑みを浮かべながら「ほら」なんて先の言葉を促している。

……ああ、きっとこれを「幸せ」って呼ぶんだろうね。足の爪先に力を入れて、グッと精一杯の背伸びをする。そうすれば気付いたエースがまるで当たり前のように姿勢を落としてくれて、お互いの唇が触れ合うその感覚に、胸のあたりがじっくりと熱を帯びるのを感じた。





(愛してるよ、エース)
(……っ、それは反則だろ!)

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テーマは惚れ薬の方だったんですけど…。いつの間にやら惚れ薬の存在なんてどこへやらですね。お付き合いしてる話をちゃんと書いたのはこれが初ですかね……(驚愕)


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