危ないホリック



「なまえ!何処か隠れるところ!殺られる!」

通路を疾走して来たエースに取っ捕まり、なんとも支離滅裂な言葉の羅列を投げつけられる。当たり前に意味がわからない。やっとのことで「……は?」と小さく声を発せば、焦ったように背後を気にしながら「イゾウに見つかるとヤバいんだよ!」なんて端的に状況を伝えられてサーッと血の気が引いた。

……正直その一件にわたしを巻き込まないでほしい。エースが何をしたのかは知らないけど、イゾウってば怒らせるとすごく怖いんだもん。前に笑顔で「蜂の巣にしてやろうか?」って言われた時には本気で寿命が縮んだ気がした。超怖かった。

「だからひとりでどうにかして、」
「この前ハルタの剣で焼き芋転がしてたのバラすぞ」
「向こうの倉庫にあるクローゼットの中はどう?マルコでさえ気付かない秘密の隠れ家だよ!ってことで健闘を祈る!それじゃ!」

ペラペラと一方的に喋り倒して、早いところこの場を離れようと体の向きを変えた。が、ぐいと手首を引かれて無情にも意思とは関係のない方へと足が向く。や、やめて!
ほんと勘弁してください!

「ねえ!なんでわたしまで…!」
「1週間前にタチの悪ぃナンパ野郎から助けてやっただろ!」
「うっ…。」

たしかにあの時は本当に助かったし、エースの格好良さにくらりとした瞬間でもあった。でも、だからって…………く、くそう!


+ + +


「ほら!ここ!」
「おおっ!でかした!よし入るぞなまえ!」
「いやいやいや…。ここまで案内してあげたんだしもういいでしょ?あとはイゾウとエースふたりの問題だよ。わたしちっとも関係ないし」
「けど仮に今お前がこの部屋から出てくのを見られたら怪しまれるだろ!イゾウの勘の良さナメんな!」
「いくらイゾウでもこんな人通りの少ない場所にタイミングよく来ないで、しょ…?」

言い終わる寸前で、廊下の方から何やら物音が聞こえてきた。

「……え?まじで?イゾウ?」

そう肩を強張らせたのと同時、再び腕を強く引かれて例のクローゼットへと引き摺り込まれてしまった。扉の荒い網目構造の部分から部屋が見渡せるのだが、何故か何もしていないわたしまでバクバクと心臓を弾ませながら外の様子を伺う。

「……てか狭くね?」
「狭いよ!だからひとりで隠れろって言ったのに、むぐっ!」
「声を張るな!潜めろバカ!」

咄嗟に口を手で塞がれてモゴモゴと言い淀む。……ていうよりほんと狭い。ふたりで入るには明らかに小さすぎるそれのせいで、正面に向かい合うエースとの距離が恐ろしいほど近いのだ。触れ合う箇所からは互いの熱がじわりじわりと交わり合う。

そんなことを思って眉を潜めていると、ガチャリと音を立ててドアノブがゆっくりと回る。
なので恐る恐る視線を向けてみれば、そこにいたのはイゾウではなく若い隊員とナースの2人だった。

「…ほんとにいいんだよな?」
「今更なーに?そのつもりで連れて来たんでしょう?」

突然の挑発的な誘い文句に、訳もわからずゴクリと唾を飲み込んでしまう。すると正面からも同じく生唾を飲む音が聞こえてきて。見れば、この先の展開を読んだらしいエースがわかりやすく表情を強張らせていた。……ど、どうすんのこれ?

「…っと、じゃあ鍵閉めるか?」
「そんなのどうだっていいわよ」

若い隊員の首へと大胆に腕を回し、いやらしく口付けを落としたかと思うと「シよ?」なんて色気ムンムンで呟いたナースさんのお姉さん。

…う、うそでしょ?まじで始まるの?とアホみたいに慌てふためくが、その間にもふたりのキスは濃厚なものへと展開し生々しい水音が直に鼓膜を刺激してくる。

「……ん、っ」
「(う、うわぁ…。)」

ついには艶のある声まで混じり始めて、どこまでも居た堪れない気分だ。ていうかこれ当事者達そっちのけでこっちの方が恥ずかしくない?人の情事覗くってなにそれどこのアダルトビデオ…?

「……って、んむっ!」

どうすることも出来なくて直立不動していると、今の今まで大人しくしていたエースがふと右腕を動かした。そしてなんの脈絡もなく口元を撫でてきたかと思えば、突然グッと親指が唇を割って口内へと侵入してきて。おかげで小さく声が漏れたものの、幸いお楽しみ中のふたりには一切バレていないっぽい。

「(で、でもエースってば何考えてんの…?)」

指で舌を翻弄されるせいでくちゅくちゅと向こうに負けず劣らずのいやらしい音が出て死にそうなくらいに恥ずかしい。堪らずエースの顔を睨みつけるように見上げるが、一瞬にして息を飲むことになる。

……だって、なにそのえっろい顔。

「…なまえ、やらしい顔すんなよ」
「(あんたに言われたくない!)」

口内を弄びながら小声で呟いたエースに心の中で精一杯の反論をするけれど、そうしている間にも飲みこみきれなかった唾液が顎のあたりをつーっと伝う。それを見るなり親指を引き抜いたエースがスッと顔を寄せてきたので、反射的におでこに手を添えてぐぐっと返してやった。

「拒むなって」
「拒むわ!なに雰囲気に流されてんの!正気に戻れエースのバカ!」

あくまで小声で叱りつけつつ、ゴシゴシと口元を拭う。
しかし、相も変わらず熱の篭った視線をやめないエースが「溜まってる時にあんなんされたら我慢出来るわけねぇだろ」なんて何処までも自己中なことを言うもんだから焦りはヒートアップするばかりで。


「知らないよ!だったらあっちに混ざってくればいいじゃん!」
「俺はなまえがいいんだよ」
「っ、!」
「なんつって」
「…は?」

ニヤリ。目を細めたエースがごそりと身動ぎ、背中へと腕を回してきた瞬間だった。片手でプツンとホックを外され、胸周りを嫌な開放感が襲う……って、やばいやばいやばい!まじでやばいよコレ!なんなの?エースってば性欲オバケなの?頼むから我慢しようよお願いだよ…!

「へ、変な事したらブッとばす!」
「わかったそれでいい」
「えっ!ちょっ!……やっ!」

大きくて温かいエースの手が服の下に入ってきて、するすると脇腹のあたりを撫ぜられていくうちに段々と羞恥が期待へと変わっていくのがわかる。

「っ、…!」
「……なぁ、いいだろ?」

………どうしよう。
嫌…じゃない、かも。

ぼーっとエースを見つめながらそう認めたと同時、部屋の外からパァンと鋭い銃声が響いた。

………銃、声?

「よぉエース。出てこい」
「げっ!イゾウ!」

バンと倉庫のドアが開いたのと同じくしてクローゼットの扉をガン!と荒々しく開け放ったエース。

「やっと見つけ、た……」
「………あ、やべぇ」

しかし部屋の中の状況を把握した途端、大きく目を見開き言葉を失ったイゾウ。かく言うエースも飛び出してみてようやく隠れていたことを思い出したのか、瞬時にびくりと肩を跳ねさせて。

「(あーらら…。)」

兎にも角にも、開けた視界の先でエースとイゾウに挟まれたまま顔を青くするふたりが心から不憫でならなかった。…まあ不憫さで言ったらわたしも負けてない気がするけど。





(その気にさせたのはそっちのくせに)(中途半端なところであっさり放っぽるんだから)(ああ、なんて罪作りな男だろう)


(そうだ、なまえ)
(……なに)
(今晩、部屋で待ってろよ)
(え…、えっ!?)

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【テーマ:狭いところに2人で】
一途で純情なエースくんも好きだけど少しチャラくてそっち方面にだらしないエースくんも好きです…


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