ドン!


宣言通り、朝の車両を変えた。
そうすることで必然的に彼を見かけることもなくなり、朝の日課がエースくん観察からスマホアプリへとシフトチェンジしたのも記憶に新しい。

そして、例の失恋記念日から今日でちょうど2週間。それでも未だにこの駅に着くとエースくんが頭を過るんだからどうしようもない。時間が解決だなんて言うけどいったいどれくらい要すればいいんだか……。

意気消沈。軽く目を瞑れば、瞼の裏に浮かぶのは照れくさそうにはにかみヒラヒラと手を振るエースくんの姿だった。………はあぁぁ。
自分の往生際の悪さにがっくりと項垂れる。

そんな中、ふと隣の席に人が来た。
慌ててカバンを抱え直し、軽く姿勢を整えるとその拍子に右手からスマホが滑り落ちて。
ああっ!やらかした…!

「…どーぞ」
「す、すみません!」
「あー、いや…。」
「……って、えっ?!げほっ!」

ちょっ、あれ?わたしこの後に及んで幻でも見てる…? !
視線を上げてみたら隣に座る人物がエースくんで、そのうえわたしのスマホを拾ってくれているだなんて。そ、そんなのーー、

「絶対に夢じゃん…。」

そうだ。きっとこれは夢なんだ。
いくら現実世界で会わないように気を付けても夢の中に出て来られちゃ回避しようがない。それでいて相変わらずかっこいいし。……ああ、もう。やっぱり、好きだ。

「残念ながら夢じゃねぇけど」
「えっ」

ハッとしてエースくんの顔をもう一度控えめに見上げた。するとまあ、冷静になってみるとこれまた近い。お互いの距離が。その事実にぶわっと顔が熱くなるのを感じて、静かに手元へと視線を落とす。

いや、でも、それにしたって。

「どうしてこの電車に?」
「なんで車両変えたんだ?」

言葉が被る。エースくんの低い声にわたしの声が乗っかって思いがけず二重奏になってしまったが、内容はしっかりと聞き取れた。

「っ、それは…。」
「アンタ去年の夏頃からずっとあの席にいたろ?それがなんで急に、…って挨拶もなしに聞いてばっかでごめん。はじめまして、俺はエースっつーんだけど、」

アンタは?と問われて素直に答えれば、確かめるように「なまえ、な」なんて復唱されて一生ぶんの幸せを使い果たした気分だった。

けれど、それ以上に気になることがひとつ。

今エースくん「去年の夏から」って言ったよね?ということはつまり長い間わたしが盗み見してたことに気付いてたんだ…。うわ、絶対キモいやつって思われてる。

そう肩を落としつつ、先ほどの質問にどう答えるべきかと脳みそがグルグルと回転を始めた。
バカ素直に「エースくんに彼女がいたから諦めるために車両変えてまーす」なんて言えるはずもないし。だとしたらどうすれば……。

「…俺のせいか?」
「えっ?」
「毎回手振んのウザかったのかと、」
「ちっ、違う!それは断じて違う!むしろ嬉しかったですあの説はありがとうござ、むぐ!」
「声がでけぇよ」
「…もご」
「わかった。わかったから、」

え、エースくんの手が!手が口元に…!それだけでも充分すぎるほどキュン死に案件だっていうのに「…それならよかった」なんて項垂れる姿が可愛くて爆発しそう誰か助けて。

「俺もさ、」
「う、うん?」
「やっとあーやって接点持てて嬉しかったんだ」
「えっ」
「さっきも言ったけど去年の夏頃にあの端っこの席に座るなまえに気付いてよ、そっから、その、なんだ…。」

途端に顔を難しく顰め、言葉を選ぶようにモゴモゴと口籠もる。
…ていうよりさっきからわたしは何を聞いてるんだろう?エースくんを求めすぎて自分に都合の良い誤訳してるんじゃなかろうなmy耳よ…!

だってこれが誤訳でもなんでもないとしたらーー、

「わ、わたしも…。」
「え?」
「わたしもその頃からエースくんのことかっこいいなと思ってずっと気になってて。だからちょっと前に手振ってくれるようになったのとか凄い嬉しくって!」
「気になってたって……え?まじで?」
「…ハイ」

でも、エースくんに彼女がいるのを知ったから。これ以上想うのはダメだとわかったから。だから。

「いや、俺彼女なんていねーけど」
「……い、いやいや!だってこの前ホームで女の子と、」
「うわ!やっぱりアレが原因かよ!どうりであの日から会えなくなったと思ってたんだ…。けど、違ェから!あいつ只のクラスメイト!」
「またまたそんな…。」
「ほんとだって!」

なんで信じてくんねぇの?とでも言いたげに頬を膨らませるエースくんを前に思うことがある。なんていうか、お互い初コンタクトなハズなのにナチュラルすぎやしないだろうか。まるで以前から知り合いだったかのようなこの空間に思わず居心地の良さすら感じてる始末だ。

「エースくんが生粋の人たらしなのかな」
「別にそんなんじゃ……ってかなまえって彼氏いねぇんだよな?」
「いないけど、」
「だったら交換しねェ?」

差し出される画面にはすでに起動された某有名アプリ。
驚いて視線をあげれば、わたしの返事を待つエースくんがあまりにも緊張を滲ませた顔をしていたものだから、これが冗談でもなんでもないのだと悟る。

「俺も、ずっと気になって見てた」
「っ、」

ちょっと待ってナニコレ……。
幸せすぎて頭がショートしそうだ。

なんて混乱まじりに震える指先でホームボタンを押すと、起動しっぱなしだったなめこ栽培アプリが一目散に開き、隣から覗き込んでいたエースくんが思いきり噴き出したのだった。

「ぶふっ!まだなめこやってんのかよなまえ!」
「……あ、だめ。その笑顔に召されそう」





(まさかこうして交差する日がくるなんて)
(夢みたいだよ、エースくん)

-------------
【テーマ:ホームで見かける】
長くなってきたから無理やり終わらせた感が満載ですねご都合主義ですね……


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -