ハッピーバレンタイン!


「男性諸君!ごきげんよう!」

甲板に走り出て大きく声を張り上げれば、なんだなんだと男たちの注目が一斉にこちらへと集まる。
次いで腕の中の物へと視線が移ると、途端に目の色を変えた彼らにぐるっと周囲を取り囲まれてしまった。


「お、おいなまえ!もしかしてそれって…!」
「お察しの通り!ハッピーバレンタイン!」


にーっと笑顔を浮かべて言えば、四方八方から盛大な歓声が沸き起こる。
うおぉ、すっごい喜ばれてる…!
そう思ったら不思議と幸せな気分になってきて、ゆるゆると頬を緩めながら手作りのチョコカップケーキを配り歩く。


「毎年ながら盛り上がってんなァ」
「あっ、マルコ隊長ってばいいところに!ハイ、これどーぞ!」
「俺も貰っていいのか?」
「うん!もちろん!」


紙袋から取り出したチョコカップケーキとトリュフを手渡すと「ありがとよい」なんて頭を撫で回されて、自然と笑みが零れ落ちる。

「……ん?」

ふと視線を下げたことでマルコ隊長の左手首に掛かる複数個のでっかい紙袋の存在に気が付いて。「それは?」と聞いてみればバサっと袋を開けてその中身を見せてくれた。


「わあっ!すごい!全部チョコ…!」
「って言ってもナースとオヤジのシマの女達からの義理モンだよい」


い、いやいやいや!このピンクのラッピングのやつとか絶対に本命でしょ!メッセージカードに堂々と愛の言葉が綴られてるじゃん…!
マルコ隊長ったら案外鈍いの?そうだったの?なんて一人で悶々としていると「そういや、」なんて唐突に話を振られてハッとする。


「エースにはもう渡したのかよい?」
「うっ…。」
「……まだなんだな」
「……ハイ」


そうなのだ。チャンスは腐る程あったはずなのに、本人を前にすると変に緊張しちゃって未だ渡せずにいるのである。
どうしよう…、と消え入りそうな声でマルコ隊長に助けを求めてみれば「部屋にいるだろうから行ってこい」なんて後頭部を押されてつい足元が縺れた。


「アイツこの紙袋6袋分は貰ってたからなァ。早くしねェと腹いっぱいになられちまうよい」
「えっ!6袋!?」
「あァ。だからさっさと食わせに行ってこい」
「っ、うん!そうする…!」


背中を押してくれて(実際に押されたのは後頭部だったけど)ありがとう、マルコ隊長!そうお礼を言ってから、隊長の部屋に向かって颯爽と駆け出す。

途中で会ったジョズ隊長に「走ったら危ないぞ!」って怒られたけれど、チョコを渡してみたらなんとか見逃してもらえたので本当バレンタインってのは素晴らしい!なんてゲンキンな事を思ったりもした。


+ + +


そうしてやっとのことで隊長の部屋までたどり着いたわけだけれど、再び緊張が芽吹いて中々もって次の行動へと移せない。……いや、ダメだダメだ。
こんなのわたしらしくない。
よっし、女は度胸…!

そう思い立ち、勇気を振り絞ってトントンとドアをノックするとーー、


「誰だ?」
「わっ、わたし!なまえ!」


今にも裏返りそうな声が出て手に汗を握ったけれど、特に気付かれるわけでもなく「入れよ」なんて部屋の主から許可を頂くことができた。

なのでまあ、さりげなく身体の後ろにチョコを隠しながら足を踏み入れると、そこには甘ーい匂いが充満しきっていて。実際に見たことがないからわからないけど、お菓子の家があったらきっとこんな匂いがするのかもしれない。

そんなメルヘン思考に包まれつつベッドに座る隊長に歩み寄れば、周囲には食べ終わったお菓子の包装紙、包装箱、包装袋!

思わず棒立ちしてその包装グッズの山を眺めていると、不意に顔を覗き込まれて小さく肩が跳ねた。


「それにしてもなまえがドアをノックするなんて珍しいじゃねーか」
「そんなことないよ!いっつもしてるじゃん!」
「いや、してねェよ」


嘘吐くな!とぺしぺし頭を叩いてくる隊長に頬を膨らませれば、ぶりっこ禁止だとかなんとか言われてぶひゅっと口の中の空気を押し出される。


「(………それにしても大量だ)」


既に食べ終わってる方もそうだけど、机や床に置かれている手付かずの方だって負けてない。
隊長ったらいったいどれだけのチョコをもらったんだろう…?

そんなことを思ってじーっとプレゼントの山を見つめていたら「欲しいのか?」なんて勘違いされてしまったので慌てて首を横に振って違うよ、とアピール。


「お菓子いっぱいもらってるんだなーって思って」
「まァ義理チョコだけどな」
「(ンなわけないじゃん…!)」


隊長もマルコ隊長も鈍感にも程があるよ!そこの食べかけのケーキなんてすっごい頑張って作った感が出てるのに!全く、ふたりして女の子の敵だな…と目を細めれば「なんだその顔は」なんて食べかけのチョコケーキを口の中に突っ込まれた。


「……お、美味しい!」
「店で売ってるやつみてェだよな」
「うん!さすが世のお姉さま方…!サッチ隊長もビックリのおいしさだね!」


まじで超美味しい…!わたしもさっきナースさん達と交換したし後でゆっくり食べよーっと!
そんな風にルンルンしながら、あっちのは食べないの?と聞けば「今は食わない」って答えた隊長と視線がぶつかる。


「もう入れるスペースがねェ」


お腹を指さしながら言った隊長に、思わず「えっ!」と驚愕の声がこぼれ出た。


「どーかしたか?」
「や、なんでもない!えっと…、じゃあわたし自分の部屋に戻るね!」
「は?」
「おじゃましました!」


これ以上量を増やされても迷惑だろうし、味だって完敗だもん。こんなの渡すに渡せない。
……ごめんね、マルコ隊長。せっかく応援してくれたのにダメだったよ。

さめざめと心の中で懺悔し、くるりとドアの方を向き直す。それと同時に持っていたチョコを隊長の目から隠すように移動させ、早足で出口へと進もうとする。が、どういう訳か突然背後から強く肩を引かれた。


「ぐえっ!」
「なまえからのは?」
「…えっ?」
「マルコにはやってたくせに俺の分はねーのかよ」
「っ、!」


ちょっ、あの時見てたの?!
あまりにもビックリして振り向くと、隊長の拗ねたような表情が視界に入ってきて小さく息を飲む。

するとどうやらそこでわたしの持っているチョコに気付かれてしまったらしく、手元を見て押し黙った直後に再び視線が交わった。

……どうしよう。
ちょっと気まずいぞこれ。


「いや、あの、これね?隊長に作ったんだけど他の人のより美味しくないと思うし、」
「どっちが美味いかは俺に決めさせろよ」
「そ、それに!」
「なんだよ」
「もうお腹いっぱいだから入れるスペースないってさっき…。」
「お前用のスペースは空けてるっつーの」


だから早くくれよ、といつもの笑顔で手を差し出す隊長に思わず涙が出そうになった。

だって、お姉様方が作ったやつの方が絶対美味しいに決まってるのに。いくらドカ食いモンスターの隊長でもあんなに食べたら胸焼けとかしてるかもなのに。それでもわたしのを貰ってくれるだなんてそんなの…!


「うわーん!嬉しいよ隊長ー!」
「ハイハイ」


感極まってその広い胸板に抱きつけば、背中の方へと腕が回され何やらガサガサと音がし始めて。


「えっ、ちょっとやだ!わたしがいなくなってから開けて!」
「イヤだ。今食いてェもん」
「……な、なんか今の台詞エッチだね」


顔を赤らめて言うと、腕を解かれて思い切りベッドの上に投げ飛ばされる。
ぎゃっ!もしかしてこのままニャンニャンしちゃう感じ?そうなの?と期待を込めて目を瞑るけれど、待てど暮らせどいつまで経っても無アクション。

あれ?おかしいぞ?なんて静かに目を開けてみれば肝心の隊長はイスへと座り、わたしがあげたお菓子のトッピングを外し終えたところだった。


「……」
「…隊長?」


無言のままチョコレートケーキ(みんなにあげたのと違うのは本命故に)を見つめていたかと思うと、突然ニヤニヤと笑い始めたから驚いた。
ど、どうしたんだろう?


「なあ、これ今日1日持ち歩いてたのか?」
「言われてみればずっと抱えてたかも…。でもなんで?」
「すっげェ溶けてる」
「…えっ、ええええ!」


急いで駆け寄って中身をのぞき込むと、確かにチョコのコーティングが所々溶けてしまっている。
うわっ!すっごい恥ずかしい!こんなドロドロのケーキ渡してごめんなさい…!

そう羞恥にまみれている中、不意に「なまえ」と名前を呼ばれて。応えるように目をやれば、口の周りにチョコをつけた隊長がモグモグと幸せそうに頬を膨らませていて……って、もう食べたの!?


「ま、不味い?!」
「いや?その逆」
「逆って、」
「すげェ美味い!」
「……ううっ、隊長大好き!」


心の底から溢れ出る幸せに我慢できず、思い切って腹筋へと擦り寄れば先ほどまでのイイ雰囲気はどこへやら。頬擦りすんな!なんて軽く頭を引っ叩かれて肩を押し返されてしまった。


「あ、飴鞭の切り替えが急すぎる…!」


叩かれた箇所を撫りつつ不満げに隊長を見れば、テンガロンハットをぐいっと深くまで被られて顔半分が見えなくなる。けれど、かろうじて見える口元が照れ臭そうに弧を描き「お前のが1番うまかったよ」なんて柄にもないことを言うので思わずよろりと足元がフラついたのだった。


(ちょっ、飴への切り替えする時は事前に言って!心臓にクるから!やばいって!)
(あー、同じのもう1個食いてェな)
(ひいぃっ!嬉しすぎるけども…!)
------------
俺のぶんは?って拗ねる隊長を書きたい一心で!拗ねると目とか合わせてくれなそうでそこがまた可愛いなあとか思っちゃいます(><)
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -