だって、嬉しい
「なまえ、今ちょっといいか?」
「うん?どーしたの?」
「これ頼みてェんだけど…。」
そう言って隊長が取り出したのは、なんとも切れ味の良さそうな髪切りバサミだった。
何事かと思われるかもしれないけれど、実はこの手のお願いをされるのはこれが初めてではなくて。
以前から数ヶ月に1度こうしてハサミ片手に声を掛けられては髪を切ってくれと頼まれるのだ。
なんで毎回わたしをチョイスしてくれるのかはわからないものの、頼ってもらえるのが嬉しくてつい素直に受け入れちゃうんだよね。えへへ!
「よーし!任せてよ隊長!」
「おう!頼むな!」
「くっ…!」
そ、その笑顔はずるい!
かわいいかっこいいセクシー!
ああ、抱きつきたいなぁ…。
「抱きついてから言うなよ!」
「アレ?声に出てた?」
「お前絶対わざとだろ!」
パシンと強力な張り手が頭部を襲う。
ちょっ、ハサミ持ってる人間になんて恐ろしいことするの…!と顔を青くして詰め寄るものの、もれなく完全スルー。
ぴょこぴょこと無造作に跳ねる髪の毛を早くも霧吹きで濡らし始めているところだった。
+ + +
「…はーい、切りますよー」
「おい何怒ってんだよ?」
「べっつにー!隊長にもっと優しくしてほしいとか全然思ってないしぃー!」
「うっわ!その喋り方うぜェ!」
「うざくないもーん」
べえとあっかんべをかましながら少しずつ髪を切っていく。癖っ毛故に切りすぎると膨らんでしまうので、そこのところを配慮しながら長さを揃えるのだ。
そしてこれは毎回思うことなんだけど、隊長の髪の毛ってば猫毛でふわふわしていてすごく羨ましい。わたしもこのくらい猫毛だったらなぁ。
そう羨ましげな視線を送りつつ、毛先の痛んだところにチョキっとハサミを入れる。
「……不思議だな」
「んー?なにが?」
「俺、なまえ以外のヤツに髪触られんのダメっぽい」
「へえ……って、え!?」
突然のカミングアウトに意図せず目が点になる。
いや、だって、今なんて…?
わたし以外に触られるとダメってことは言い換えればわたしだけは許せる、ってことだよね?
それって…え、え、えええっ?
「ちょっと隊長!それってどういう意味なの!?」
「どういう意味って…。そのまんまだけど」
「そのまんまって…。」
「さっきお前のこと探してた時、ナースに切ってやるって言われて頼んだんだけどよ」
「う、うん」
「なんかこう…、なまえじゃなきゃ落ちつかねェっつーかなんつーか」
んんーっ、と必死に言葉を探してくれているけれど、正直どうでもいいかもしれない。
だって今の言葉で充分隊長の気持ちが伝わってきたんだもん!つ、つまりはさ……、
「わたしのこと好きってことだよね!」
「ハア?!と、飛びすぎだろ馬鹿!」
そう聞こえたかと思えば突然肘でわき腹を突かれてあえなく地面に膝を着く。
しかしそこでなんとなーく隊長を見上げてみたところ、そのほっぺたがほんのりと赤く色付いていることに気がついてしまった。
……えっ、もしかして照れてる?
「た、隊長ったらかわいい…。」
「馬鹿にしてんのかコラ!」
「えー?馬鹿になんてしてな、…あ。」
「あ?」
「あ、あっ、ああああ!」
「っ、?!」
わたしの悲鳴に驚いたらしく、バッとこちらを振り向く隊長。
あまりにも勢いが良すぎて今まで切った髪の毛達がバサっと降りかかってきたけどそんなこと気にしていられない…!
なんということか。切れ味抜群のハサミで左手の中指をサクっとやってしまった。
見れば、タラリと血が流れ出ている。
「な、にやってんだよ…!」
「切った!切った切った!」
「うわっ!すげェ血!」
ぐっと眉間に皺を寄せると「とりあえず医務室だな!」なんて腕を引かれたけれど、咄嗟に力を込めてそれを拒む。
「早くしろって!」
「だって…!」
「なんだよ?!」
「こういう時ってさ、隊長が舐めてくれたりしな、いだだだ!」
「バカ言ってねェで行くぞ!」
掴まれていた腕を強く引き寄せられて、ぶわりと俵担ぎされる。
ちょっ、どうせならわたしお姫様抱っこがいい…!
せめてもの抵抗にそう叫んでみたら「うるせェ!」と倍の声量で怒鳴られてしまったものだから、黙るしか選択肢は残されていなかった。隊長怖い…!
(おい!悪ィ、こいつ看てくれ!)
(あらら痛そうに…。エース隊長ったらいつもなまえに髪の毛切らせてたのね〜)
(あァ、むしろこれからもなまえにしかやらせねェつもり)
(…う、嬉しい!わたし一生隊長の妻としてがんばるからね!)
(だからいちいち話を飛躍させんなっての!)
(いででで!)
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変なとこ繊細だったら可愛いな〜と(^.^)