OTG | ナノ



年季の入ったCDラジカセから流れ出る音声に、つい瞼が重くなる。

「We left a little food on the plates. I've already…―」


なにこれ睡眠魔法なの?そうなの?だとしたら猛烈に効果あるよね、なんて割と真面目に頭を悩ませつつ、朦朧とする意識を必死に引き戻す。

「ふあぁ…。」

……ダメだ。教科書見てたら寝る。確実にオチる。

そう思って前を向けば、中央最前列で机にへばりつきながら爆睡かましているエースの姿が見える。それにしてもあのポジションでよくもまあ堂々と…って、教科書で頭叩かれてやんの。いいぞ先生もっとやれー。それくらいじゃ100%起きませんよー。


「I've just finished dinner. The Yang family――」


嫌でも視界に入るエースと先生の攻防戦をボケっと眺めていると、ふと隣の席の女の子がエースの肩を優しく揺らし始めた。けど力が弱いのかエースが重いのか、その筋肉質な身体はちっとも微動だにしてないように見える。

「むりむりエースあんなんじゃ起きないっしょー」

身を乗り出してきたネネが小さく呟くので、チラリと視線を向ければ「ねっ?」と小首を傾げて同意を求められた。くっそう、相変わらず可愛いなコイツめ…!

「あれ?でも何か仕掛けてるっぽい」

チークの乗せ方が絶妙だよなー、ふんわりピンク可愛いなー、なんて色白のもち肌を恨めし気にガン見していると、目を細めたネネに前を見てみろと顔を押されて首の骨が変な音を立てた。いでで…。

「あれやばくない?」
「……おおう、すごい度胸」

言われた通りに前を向けば、なんとまあ。例の女の子がエースの耳元に顔を寄せている。しかも超近距離。最前列の席であれをやるとは強者だわ…。わたしだったら周りの目が怖くて出来ない。絶対むり!

ていうより何を企んであんな距離感に、


「うおわっ?!」
「っ、!」


突然エースが飛び起きたかと思えば、ガガガっと椅子が床を擦る嫌な音が教室中に響きわたる。おかげでボーっと考え事をしていたわたしも大きく身体が跳ねた。

「び、ビビった…。」

呆然と呟いたエースの声に「それはこっちの台詞だ」と心の中で盛大に文句を垂れる。……ていうか起きて早々また寝そうじゃん。机にへばりついてないだけさっきよりはマシだけど、座ったままコクリコクリと船を漕ぐものだからその一定のリズムにこっちまでつられて眠くなる。ああ、ダメだ…。蓄積された眠気ゲージがグングンと上昇を遂げる。

そう思ったときには手遅れ。英語の長文もとい、睡眠魔法がわたしの意識をいとも容易くかっさらっていったのだった。



+ + +


「…んっ」

ふわりと上昇した意識の中、うっすらとチャイムの音が聞こえる。
……まあでもいいや。まだ眠いし。もうちょっとだけ寝よう。
欲に忠実で何が悪い、と再び深い眠りへと旅立とうとした。が、しかし。不意に生暖かい何かを耳元に感じてぞわっと全身が粟立った。

「ひえぇっ」

なっ、なんだ今の気持ち悪いの…!我ながら情けない声が出た気がしたけどやむを得ない。
急いで身体を起こせば、背後からネネの爆笑する声が聞こえてきて、隣では膝に手を付き中腰姿でゲラゲラと笑うエース。
……うん、何をされたのかなんとなく読めた。まだ若干余韻の残る右耳を触りつつ、エースにじとりと不満げな視線を送る。

「エースのせいで寝ちゃったじゃんか…。」
「それは俺関係なくね?」
「めっちゃ気持ちよさそうに寝てるからつられたんですー」
「まだ寝足りねえけどな」
「わたしも」
「…屋上でも行くか」
「…だね」

チラリ、視線が合ったと思えばどちらともなく立ち上がり屋上へのエスケープが決定した。一緒に行く?とネネにも聞けば、意味あり気に「ごゆっくり〜」なんて手を振られたので大人しくエースとふたりで向かうことにする。だいたいごゆっくりってなんだ、ごゆっくりって!意味深な発言やめようよ、まじで!


そんな風にひっそりと荒ぶりながら屋上の扉をくぐると、一目散に給水塔の日陰に駆けて行ったエースがゴロリとその場に寝転がる。そのあとをゆっくり追えば、両腕を頭の下で組んで既に眠る準備は万端らしい。……って、ああっ!


「やらかした!」
「なにをだよ?」
「枕代わりのもの持ってくるの忘れた!」
「あー。でも今から取り戻ったら調度チャイム鳴っちまうだろ」
「それね…。」

エースの言う通り、今から取りに戻るのは危険だ。多分次の担当の先生と鉢合わせちゃう。そうとなれば枕の存在なんて潔く諦めて、給水塔に背を預けながらズルズルと腰を下す。あー、吹き抜けていく風が気持ちいい。


「おいなまえ」
「んー?」
「座って寝んのか?」
「うん。それこの前やったら起きたとき手痛かったし」


うとうとしながら答えると、ニヤリと笑みを浮かべて「じゃあ俺の使うか?」だって。誰が使うか。腕枕なんてリア充様たちだけに許されるLOVEスキンシップなんだぞ…!


「いいだろ別に。誰もいねェし」
「ダメですー腕枕は将来現れるイケメン彼氏にしてもらうまで取っておくんですー」
「そのイケメン彼氏が俺だったらどーする?」
「……いや、なんでドヤ顔?」


だいたいなんだその例え話。意味がわからん…。
ほんのちょこーっとだけ動揺して、誤魔化すようにエースのお腹に勢いよく頭を乗せると何故かわたしの口から痛みを訴える声が出た。普通お腹に衝撃くらった側が痛がるでしょ。なんで与えた側のわたしが痛いんだ。この人の腹筋は鉄板かなにかなの?


「ちょっと硬すぎるんですけど」
「勝手に乗っといて文句言うな」


エースが喋るとお腹を通して直に振動が伝わってくる。でもって呼吸に合わせて定期的に上下する感覚がこれまた眠気を誘うってなもんで。

……だめだ。今日はいつにも増して凄まじく眠い。


「アラームはよろしく頼んだ」
「頼まれた」
「先に謝っとくけど涎垂らしたらごめんね」
「おー」
「えっ、垂らしてもいいの?」
「多少なら許す」
「優男じゃん」
「だろ?」


楽しそうに話すエースの声をBGMに徐々に意識がフェードアウトする。

ああ…。青空の下、腹枕で寝るのもなかなか悪くないかもしれない。


(あれ?エースそのシャツどうしたの?)
(なまえの体液で濡らされた)
(え、ええっ?!)
(待って!言葉のチョイスが悪い!違うからね!寝てて涎垂らしただけだから!ちょっとネネ!聞いてる!?)

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こんなに長ったらしくなりましたが書きたかったのは腹枕の部分だけです。前後削ればよかったですね…(´・ω・`)
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