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ぽたり、ぽとり。

膝小僧から滴り落ちる血に心底げんなりする。もっと頑張れ、わたしの血小板。一刻も早くカサブタを形成してくれ。校庭から遠ざかりながらそんなどうでもいいことを考える。

ああ、それにしても暑いなあ…。
なんで女子はこの時期に屋外体育なんだろう。しかも陸上。走るのつらい。体育館でバスケをしてる男子がとことんうらやましすぎる…!

「……ハア」

サンサンと熱を降り注ぐ太陽を恨みがましく睨みつけてみるも、あえなく一瞬で断念した。ううっ、目がチカチカする…!
とまあ、くだらないことをしていればあっという間に昇降口へと辿り着いて。


「あはは、まじかー!」

上履きに血が付いてもヤダから裸足でいいか、と外履きを脱いでいると不意に女の子の声が聞こえてきた。ウチのクラスの子かな?それとも隣のクラスの子?体育は2クラス合同で人数が多いからまったく見当がつかない。

「(……誰だろ?)」

ちょっとした興味本位で声の方をそろりと覗き見る。
するとそこには隣のクラスの肉食ギャル代表ミカちゃん、そしてその横には青色のゼッケンを身に着け汗だくで項垂れるエースの姿があった。

ふたりで自販機前の段差に座り込んで、絶賛休憩なうらしい。


「なあ女子って陸上だろ?お前戻んなくていーの?」
「えー?せっかく偶然会えたんだしもっと話したいじゃん」
「まあ俺は次の試合始まる頃には戻るけど」
「うわ、冷たっ!」
「チームのエースだからな!エースだけに!」
「なにそれ!」


ケラケラ笑うミカちゃんエースコンビからそっと視線を外す。声の正体もわかってスッキリしたことだし早いとこ保健室行こう。
未だ褒めるべき働きをみせないMy血小板のせいで床には点々と血の跡が出来てしまっている。くそう、あとで拭かないとだわー。めんどくさい。


「てかエース汗だくのくせに良い匂いするー」
「たぶんそれ制汗剤だけどな」
「なに使ってんの?」
「わかんね。なまえに借りたやつ」


げっ!エースのやつわたしの名前出しやがった…!
見るからにミカちゃん性格キツそうなんですけど!明らか突っかかってきそうで怖いんですけど!
一瞬で葛藤を繰り広げると、思わずぐるりとふたりのいる方を振り向いてしまった。そしてそこで見た光景にぎょっと目をかっ開くことになる。

……さ、さすがA組の肉食ギャル代表なだけありますね。

エースの首元に顔をうずめるようにしているミカちゃんの姿に溢れんばかりのエロみを感じる。
なんだあの歩く18禁JKは…!
だいたいそこ絶対制汗剤の匂いしないって!首にはシューしてなかったって…!


「おい暑いから離れろよ」
「やだー」
「やだじゃねえ……って、なまえ!」


………やっばい。食い入るように見物していたのが祟ってエースと目が合ってしまった。そして、あろうことか思い切り名前を呼ばれた。

その瞬間くるりと振り返ったミカちゃんの目といったらそれはもう末恐ろしいもので。ごめんなさい、すぐ消えるんでロックオンしないでください。虐めとか勘弁してくださいまじで。


「お、お邪魔しましたー」
「いや待てって!その足どーしたんだよ!」
「ハードルだよハードル!転んだだけ!それじゃ!」
「ハードルって…。血すげえじゃねーか」


なんだなんだ。さっさと去りたいオーラを全面に押し出してるのに妙に食い下がってくるんですけど…!挙句の果てにミカちゃんを引き剥がしたエースがこっちに走り寄ってくるものだから血の気が引いた。ちょ、もう貧血起こしそうだわ…。


「保健室まで抱っこしてやろっか?」
「い、いいいらない!お気持ちだけでジューブンです!」


なのでミカちゃんの元に戻ってください!もしくは試合に戻って!チームのエースなんでしょ!
ただただわたしの方に来るのだけはマズい。非常にマズい。


「とにかく行くぞなまえ!お前顔色悪ィよ!」
「いででで!引っ張るな痛い!」
「だから抱っこしてやるって」
「いやいやいや」
「ほら」
「か、勘弁してよ…。」


半べそで訴えかけると、何を勘違いしたのか「泣くほど痛ェなら無理すんな」なんて言って腕をエースの肩に回された。抱っこを拒否したから妥協してくれたんだろうけど、現況から言ってきっとこれもアウトなはず。

恐る恐るミカちゃんを見れば、予想通り冷ややかな視線で射抜かれた。
……や、殺られるぞこれ。
焦りや恐怖から激しく脱力する。効果音を付けるならぐっっったり、だ。


「エースのアホ…。」
「あんだと」
「ああ、さようならわたしの平和な高校生活」


刺すような視線を全身に受け止めながらすんっと鼻をすする。くそう、わたしが何をしたっていうんだ…。エースってばミカちゃんに背向け続けてるから知らないだろうけどものっそい迫力だよ。果てしなく怖いよ。

せめてもの抵抗として、目が合わないようにふらりふらりと視線を彷徨わせる。
すると、授業中にも関わらず廊下の向こう側から堂々と歩いてきたひとりの人物に思わず目を輝かせた。こっ、これは!間違いなく好機…!


「キッド!」
「……なにしてんだお前。足血まみれになってんぞ」
「そうなんだよ!だから保健室に行こうと思ってるんだけど…。」


ここから先は察してほしい。
まさか「このふたりに捕まって困ってます」なんて馬鹿正直に言えないし、純粋に肩を貸してくれてるエースのことを邪険に扱うこともできない。
つまりはキッドの空気読解力に全てが掛かっていると言っても過言じゃないのだ。

「俺が連れてってやるよ」もしくは「それくらいひとりで行けるだろ」、わたしが求めるのはそんなニュアンスの助け舟だからね!頼むよキッド様!


「(伝われ!)」


これ以上ないくらいの困り顔を作って眼で訴えかける。お願い、今度なにかおごるから!助けて!
するとその必死の祈りが通じたのか、ニヤリと口角を引き上げたキッドが少し乱暴にミカちゃんの名前を呼んだ。って、えっ?なにこのふたり知り合いだったの?!


「…なによ」
「コンビニ行くぞ。飯奢れ」
「はあ?なんであたしが、って引っ張らないでよキッド!」
「この前耳に穴開けてやっただろーが。借りは返せよ」
「てか今体育ジャージなんだけど!むりむりむり!」


声を荒げるミカちゃんをズルズル引っ張っていくキッドは傍から見たらまるでDV彼氏みたいだ、なんて失礼な感想は胸の奥底へとしまい込む。
何はともあれ、最悪の状況は脱したんだ…!なんという奇跡!!!


「あーもうキッド愛してる…。」
「はあ?!えっ、なんだよそれ!うそだろ?!」


噛み締めるように呟けば、途端に耳元がわあわあと騒がしくなる。
いやあもうね、エースは気付いてなかったから仕方ないけど本当怖かったんだよ…。今までもああいうのはあったけどミカちゃんはズバ抜けて怖かった。
この先もっとすごい子が出てきたらと思うとゾッとするなあ…。ひいぃ。


「あ、あのさエース」
「ん?」
「ラオウ並みにヤバいのが来たら助けてね…。」


我ながら支離滅裂なことを力なくボヤけば、キョトンと目を丸くさせた直後に笑顔を浮かべたエースが大きく頷く。眩しいほどのその笑顔はさながら熱を振りまく真夏の太陽みたいだ。


「よくわかんねーけど任せろ!ラオウが来ようがクッパが来ようが返り討ちにしてやっから!」
「きゃー頼もしいー」
「すっげえ棒読み」
「きゃー!頼もしいー!」
「まあなまえが姫ポジションとか完璧役不足だけどな」
「はい黙ろうねー」
「いてっ!」

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エースって気の強いギャルに好かれそうだなあ、と!そしてキッドは安定のサボりです( ´ ▽ ` )
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