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――チャリーン


「ああぁぁああ!」

昼休みにも関わらず人ひとり通らない西棟1階の自販機前。ここでしか売っていないバナナオレを買いに来たわたしの口から悲痛な声がこぼれ出た。

手から滑り落ちた財布と床を転がる小銭を前に、激しい絶望感に襲われる。って、うわ!500円玉!500円玉が自販機の下に入ったんですけど!うわぁ…。


「誰かと思えばなまえか?」


500円玉の件で放心してると背後から声が掛かった。なんだなんだ。わたしは今傷心中なんです。ほっといてください。そんなことを思いながらも、流石にシカトするわけにはいかないのでゆっくりと声の方を振り返ると、


「わっ、王子じゃん」
「だからその呼び方やめろって…。」


拗ねた顔でうっすら頬を赤らめる姿に思わず頬が緩む。うん、やっぱり王子だわ。割とまじで。
シャツの袖を捲り上げ、額に汗を滲ませる姿がとてつもなくキラッキラしている。


「それよりなまえ、」
「ああっ、飲み物だよね!ごめん、退く!」


言葉を遮って慌てて財布を拾い上げる。
この際小銭は後回しだ。あとでゆっくり拾おう。そして自販機の下に潜り込んでいった500円はどうしよう。策こそないけど絶対に諦めないぞ…!


「って、何してるの王子!ありがたいけど後で自分で拾うから大丈夫だよ!ありがたいけども!」
「いいからなまえも拾えーでもって王子呼びやめろー」
「だけど、」
「急いでねェからほんと大丈夫だって」
「…あ、ありがとうサボくん」
「よし!」


そんなにも王子呼びがヤダったのか。嬉しそうな笑顔を浮かべたサボくんが眩しすぎて、くらりと眩暈がした。くそう、相変わらずイケメンだなあ…。

しみじみと実感しながら小銭を拾い集める。そしてそのまま500円玉を救出しようと自販機の下に手を入れようと試みた。が、なんてことだ。隙間が狭くて手が入らない。完璧に詰んだじゃんコレ…!


「どーした?この下にも入ったのか?」
「500円玉が入りました…。」
「うわ、まじで?!」


それはやばいな、と地面すれすれまで顔を近づけて隙間を覗き込み始めたサボくんに慌てて静止の声をかける。お、王子になんてことをさせてんだ!


「サボくん!汚れちゃうよ!」
「手前の方にはないな」
「サボくんってば!」
「おーい何してんだサボ、ってなまえも居んのか!」


この声はエース!ちょっ、サボくんを止めて!どうにか起き上がらせて!必死の思いで振り向けば、黒いTシャツに制服のズボンを捲り上げたエースがゆるりと走り寄ってくる。おおかた体育館でバスケでもしてたのかもしれない。思えばサボくんも来た時暑そうにしてたし、あながちこの予想は間違っていないと思う。


「なあ棒かなんかねぇかな?」
「棒?その下に何か落としたのか?」
「わたしが500円玉落としちゃって…。」
「500円?!」
「多分奥の方までいってるから手じゃ無理だ」


立ち上がったサボくんがキョロキョロと辺りを見渡す一方で、階段脇にある掃除用具入れに駆けて行ったエースがこれは?と箒片手に戻ってきた。
おおっ、ナイス機転!ナイスアイディア!

そしてサボくんがその箒を受け取る前にサッと手を出して先手を打つ。二度も王子を地面に這いつくばらせるわけにはいかない。ここはわたしが行かせてもらいます…!


「あ、入った入った」


さっきサボくんがやってたみたいに地面すれすれに顔を寄せ、箒の柄の部分を自販機の下に突っ込む。続けて左右に揺らそうと箒を持つ腕に力を籠めるつもりが、一瞬で視界が高くなったものだから驚きでくわっと目を見開いた。

えっ、なにこれ手品?……なわけがない。

両わきの下に差し込まれたこの逞しい腕はエースのものである。そんなこんなで、まるで羽交い締めにされるような形で直立しながら小さく首を傾げた。


「エース?」
「……」
「サボくん?」
「……」
「ふたりしてシカト!なんで!」


ジタバタと拘束から抜け出してふたりのいる背後を見ればーー、


「「……。」」
「ど、どうしたの?」


天井を仰ぎ見るようにしていて顔が見えないエース。同じくサボくんも両手で顔を覆っており、その表情は一切見えない。

普段から仲がいいふたりだけあって、こうやって行動がシンクロするところを幾度か見たことがある。だけど今はいいよそのシンクロ!疎外感ハンパない…!


「ねえエースってば、」
「お前スカート短ェんだって」
「え?」
「パンツ見えた」
「え、まじ?」
「丸見え」
「……ご、ごめん」


ようやくふたりの反応に納得した。気まずいものを見せてほんとに申し訳ないです。思わず頭を抱える。
すると、ようやくこっちを向いたエースが馬鹿真面目な顔で顎に手を添えた。


「…でもいいな」
「はい?」
「色、あの青みてぇなのいい!」
「ちょ、蒸し返さないで!わたしも恥ずかしいから!」
「おいエース!」

あ、もしかして「デリカシーねえぞ!」とかって紳士的なこと言ってくれるのかなサボくん…。やっぱりどこまでも王子さ、


「あれはただの青じゃなくてターコイズブルーだ!俺も結構好きなやつ!」
「待ってサボくん違うじゃんそうじゃないじゃん」
「あれ妙にエロいよなー」
「なっ」
「やっぱり似た者同士だわ君たち…。」

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エースと遊ぶうちにサボくんとも仲良くなった、的な。
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