OTG | ナノ



「それで?返事は?」
「返事?」
「…まさかエースの告白保留にしてんの?」
「いや、保留もなにも付き合おうとか云々は言われてないし、」
「エースの奴バカだから言い忘れてんだって!それか言ったと思い込んでる!絶対!」


ネネってば中々に酷いことを言ってる自覚はあるんだろうか。まあ確かにエースはバカだけど…。
でも流石にそこ忘れなくない?意図的に言ってきてないだけじゃない?それをわたしが勝手に合否つけるのもおかしいじゃん!何様?って感じでしょ!

そう反論してみるも「どっちにしろスルーは可哀想だと思いまーす。なまえも真剣に向き合って考えてあげるべきだよ」なんて如何にも正論ぽく返されて何も言えなくなってしまった。


「…顔、笑ってますけど」
「笑ってないよ微笑んでんだよ」
「……」


少々腑に落ちないところはあるけれど、ネネの助言というか追い打ちと言うか…、とにかくそれを素直に受けとめて一晩真剣に考えてみた結果。


翌日になって、見事に熱が出た。

「ううっ…。」

うわー、知恵熱?これ知恵熱?
体温計に表示される37.8という数字の羅列を見ていたら更に頭が痛くなってくる始末で。

時刻は14時を過ぎたあたり。
パートに出てるお母さんが帰ってくるまでもうひと眠りしようとベッドの中でモゾモゾと寝返りを打った時だった。


――ピンポン


こんな絶不調な時にまさかの来客。
勘弁してよ。玄関まで行くのも億劫だよ。どうせ勧誘とかそんなんでしょ?

無理矢理そう思い込むことにして、毛布を頭まですっぽり被ると重いまぶたを静かに目を閉じる。が、しかし。今度はスマホのバイブ音が騒がしく鳴りだして。

なんだよもう!と渋々手を伸ばせば、なんとなく予感していた人物の名前がディスプレイに表示されていたものだからまた少し体温が上がった気がした。しかも電話か。まじか。


「も、もしもし?」
「悪い、開けてくんね?」
「…はい?」
「玄関を開けてください」
「開けてって…今ピンポンしてるのエースなの?」
「おー」


あまりにも弱々しい声で言うものだから、いろいろと突っ込みたいところを抑えてベットから起き上がる。それでまあ、やっとのことで玄関ドアを開ければ、

「…だ、大丈夫?」

思わずそんな言葉が口をついて出た。
いや、だって明らかに具合悪そうだし。目も虚ろだし…。そう様子観察していると、視線に気が付いたらしい。熱っぽい目でわたしを見たエースがグデンと力なく頭をもたげた。ちょっ、まじで平気?!


「ねえ、もしかして熱ある?」
「わかんねーけど調子悪ィから早退してきた」
「なんで早退してうちに来るの!自分の家に帰りなさい!ハウス!」
「お前も具合悪いって聞いてたから見舞い買ってきたんだよ」
「あ、まじか…。ハウスとか言ってごめん。ほんとごめん。あがってく?」


見事なまでの手の平返しに力なく笑ったエースが「じゃ、少しあげて」と靴を脱ぎ、それを揃えようとしゃがみこんだ拍子にぐらりと前方へ傾いて。

「っ、危ない!」

このままじゃ玄関ドアに突っ込む…!咄嗟に肩を引けば、床に尻餅をついて足元へと寄りかかってきたエースだけれど、布越しに伝わってくるその体温の高さに思わず目を見開いた。うわ、あっつい!これヤバいんじゃないの…?


「ダメだ…。すげえ目が回る」
「な、なんかヤバそうだし薬飲んでちょっと寝て行きなよ」


一応病人のはずのわたしが何故看病サイドに立っているのかわからないけど、この状況じゃそうも言っていられない。兎にも角にも早いとこ寝かさないと…。


「わたしの布団でもいい?」
「よくねぇよ。お前熱あんだろ?」
「心配しなくてもエースも既に熱あるんだろうし移らないでしょ、多分」
「そうじゃなくて、」
「とにかく薬飲みな!昼休みの後だしご飯は食べたよね?」


エースをベッドに押し込んで枕元にある市販の錠剤を差し出す。すると、それまでされるがまま状態だったのが嘘みたいに強い力で手首を掴まれ、反射的に体が強張る。いででで!


「俺はいいからお前が休めよ」
「わたしはあっちで休むから大丈夫!」
「あっちって?」
「向こうの部屋にソファあるから、」
「はい却下ー。だったらなまえもここで寝ろよ」


掴まれっぱなしだった手首をぐっと引かれたかと思えば、抗う暇もないままにエースの隣へとダイブしてしまった。ていうよりむしろ肩とか腕とか諸々踏んでる。
そりゃそうだよ。このベッド1人用だもん。ふたりで寝転がるには狭い。狭過ぎる。

「エース近いー」
「んー」

ただ、一度寝転がったら一気に身体が重くなった。こうなるともう微塵も動きたくなくて、悪いとは思いつつもエースのことを踏みつけたまんま軽く目を瞑る。
あーもう、頭は痛いし身体も重いし。

……それに、臭い。

冷静になってみると、妙に甘ったるい香りが鼻に残ることに気が付いてしまった。


「……ねえ」
「ん?」
「今日香水つけてる?」
「つけてねぇけど」
「じゃあその甘い匂いどーしたの」
「甘い匂い?……あァ、そういや今日1日アイツがくっついてきてからそれか?」
「あいつ?」
「ユカリ」


……なるほど。昨日エースに髪をいじってくれとせがんでたあの巨乳っ子か。へえ。今日もくっつかれてたんですね。押し付けられて喜んでたってわけですね。

ほおー?
ふーん?


「別にどうでもいいけど!」
「うおっ!なんだよ急に!」
「なんでもないです!てかやっぱりわたしソファで寝るわ。バイバイ」


何をそこまでムキになってるんだか自分でもよくわからない。わからないけど、とりあえずモヤモヤするからその原因であろうエースから離れるべく身体を起こそうとすると、再び手首を掴まれてそれを阻止された。……いいよもう離してよド変態が。


「って、何笑ってんだし」
「…いや、ネネの言った通りになったと思って」
「ネネ?」


な、なに言ったんだあの子。
ほんともう面白いくらい嫌な予感しかしないんだけど!だってネネだもん!小悪魔だもん!
もっと言えば、目があったエースがフッと小さく笑うものだから嫌な予感はさらに膨れあがる。


「これ、ほんとはネネに付けられたんだよ」
「香水のこと?」
「そー。で、なまえから聞かれたらユカリの名前出せってのもネネの入れ知恵」
「えっ!じゃあさっきの話は全部ウソだったってわけ?!」
「や、くっついてきたのはマジだけど」


ポツリと呟かれたエースの一言に、一瞬晴れかけた心がすぐさまモヤモヤで埋め尽くされる。

……ていうかわたしもさっきからおかしくない?エースとユカリちゃんのことを想像して勝手にイライラしたりして。モヤモヤしたりして。

そんなのってまるで――、


「嫉妬みたいじゃん…。」


思わず、本当に無意識で声に出してしまった。しかし、そのことに気付いたところで一度出してしまった言葉は今更取り消せない。

恐る恐る視線だけを隣に向ければ、照れ臭そうな、それでいて少し困ったような表現し難い顔をしたエースに「そんなん言われたら期待すんだろ」と目を細められて、ドクンと心が跳ねた。


「き、期待って…。」
「好きな女が嫉妬してくれたらそりゃ期待もするっつーの」
「っ、」


言いながらネクタイを緩めたかと思うと、続けざまにシャツの第二ボタンを外したエース。
そうすることで途端に目に付くようになったその汗ばんだ首すじに、浮ついていた思考と上昇する体温に更なる拍車をかけられた気分だ。なんていうか、無駄に艶めかしい。


「…エロいんだけど」
「なにが」
「エースが」
「おれ?」
「うん」
「まだなんもシてねーのに?」


お互い熱に浮かされてうわ言のように言葉を交わす中、エースの口から出た最後の言葉に思わず吹き出してしまった。いやいや、だって…!


「まだ、ってどーいうこと!」
「や、違ェよ!深い意味はなくて…!」
「……」
「…なまえ?」
「さ、サボくんに連絡入れとく」
「なんでサボ」
「学校終わったらエース引き取りに来てって言う」
「はあ?なんでだよ!」
「そこはかとなく身の危険を感じるからだよエースのバカたれ!」

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ふたりともそこそこ虫の息っていう設定で書いてたつもりが、気付けば意外と元気そうな感じになってしまった…。うーん(´-ω-`)
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