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「ちょっとなまえ!」


金曜の夕方6時。お風呂から出て部屋でまったり梨に噛り付いていると、物凄い形相をしたお母さんが蹴破らんばかりの勢いでドアの向こうから姿を現した。

何があったのかはわからないけどとんでもなく顔色が悪いのは明らかで、急いでドアの方へと走り寄る。


「どうしたのお母さん!めっちゃ顔色悪いけど…!」
「血が!血が…!」
「血?怪我したの?」


見た感じ大出血してる感じはないし、少し冷静になって問いかける。すると、ぶわっと涙目になったお母さんが廊下の方に腕を伸ばし、その先にある何かを引っ張るそぶりを見せた。

で、その結果現われたのが。

「お、おじゃましてます」

鼻やら口の端やらに痛々しく血を滲ませたエースだった。なにそれ痛そう…!学校でバイバイしてからこの数時間の間でいったい何があったの?!


「買い物の帰り道でバッタリ会ったから連れてきちゃった!」
「無事に保護されました」
「保護って」
「周りの目が痛かったから正直助かったんだけどなー」
「ていうかほんとそれどうしたの?転んだ?」
「どんだけスタイリッシュに転んだと思ってたんだよ!ちげーよ!」
「じゃ、」
「じゃあどうしたの?」


普段からエースのことを大のお気に入りだと豪語しているお母さんが割り込んできた。その際、リビングから取ってきたらしい救急箱を手元に押し付けられたので慌てて受け取れば、小さい声で「じじいと喧嘩した」だって。


「なるほど…。ガープじいちゃんパワフルだね…。」
「あらまあ…。とにかく手当てしてあげなね、なまえ!」
「えっ、わたし?」
「お母さんご飯作るから!エースくんも食べれそうだったら食べ、」
「食う!ぜひ!いただきます!」
「がめついな」
「だっておばさんのメシうめーもん!」


そう言っていつもみたいに笑顔を作ろうとしたエースだけど、傷が痛んだのか涙目になりながら咄嗟に口元を抑えた。……なんだか少し可哀そうに見えてくる。

そしてそれはお母さんも同じだったらしく、眉を八の字に下げて高い位置にあったエースの頭を優しく撫でた。娘の同級生の男子(17歳)の頭を撫でるのも如何なものかとは思ったけど、当のエースが満更でもなさそうに受け入れてるのでここは何も言うまい。

でもご飯作る前はしっかり石鹸で手洗ってね。
エースの髪がんがんワックスついてるから。


「あっ、そうだ。よかったらお風呂も入ってけば?」
「風呂?……えっ、くせェ?」
「や、臭くないけど。汗かいてるだろうし顔の血落とすついでに入っちゃえばいいじゃん」
「けど服とか、」
「お父さんの服でよければ貸せるわよー?単身赴任してく前に着てたやつだから少しタンス臭いかもしれないけど…。」


キッチンに戻ったんじゃなかったのか。ドアの隙間からひょこりと顔を出すお母さんに呆れた視線を送ると、それに気付いて「ハンバーグ食べれそうか聞きに来たの!」と咄嗟に取り繕うものだから大人しくエースを見る。たしかにこの口じゃハンバーグは沁みるんじゃないかな…。


「もし無理そうだったら何か別の、」
「食える!ハンバーグがいい!」
「そう?じゃあハンバーグ作るからエースくんはお風呂入っておいで!ほら、こっち!」


未だ突っ立ったままだったエースの背中を押し、ふたりして部屋を出ていってしまった。
……ぽつん。なんだこの取り残された感。実の娘は寂しいよ、お母さん…!


+ + +


「なまえー?風呂出たぞー」
「あっ、おかえり」


謎の疎外感から10分も経たないうちに首からタオルを下げたエースが戻ってきた。
そしてこれがイケメンの力か。
なんの変哲もないはずのお父さんの部屋着がオシャレに見える。そのグレーのタンクトップなんてお父さんぶかぶかで着てたんだよ?なのに、エースが着るとピタッと体系に沿っていてその体つきの良さを強調しまくりだ。タンクトップもきっとお父さんの元にいるよりエースに着てもらった方が幸せな衣ライフだったと思う。哀れ、お父さん…!


「でもって血落としても痛々しいね…。」
「オロナイン塗っときゃ治る!」
「まじ?じゃあ消毒してオロナイン塗ろっか!」
「消毒はいいよ風呂入ったし」
「ダメだよ!一応!」


右手にマキロン、左手にティッシュを構えてテレビの前であぐらをかいているエースの前にしゃがみ込む。けれど、頑なに消毒を拒否するエースがグッと身体を後ろに仰け反らせて顔を遠ざけるためどうやっても届かない。


「エース!消毒!」
「だからいいって!消毒液嫌いなんだよ!」
「これ沁みないやつだってば!わたしが厳選したやつだから安心しろバカ!」
「バカじゃねえ、って、ちょっ!」


あーもう、うるさいうるさい!たとえ痛くてもあっという間だよ!後々化膿したりしたらそっちの方が痛いでしょうが!

仕方なく腰を持ち上げて、胡坐をかくエースの足にムリヤリ跨る。
すると、元々倒れ掛かっていた身体を更に仰け反らせたものだから、そのまま重力に従ってパタンと床に横たわりやがった。


「うわっ、ねえ、この体制でエースが寝転がったらなんか構図が厭らしいじゃん!起きてよ!」
「なまえが退けばいいだけだろ…。」


右腕で顔を隠し、力なく言うエース。
まあ、たしかに。わたしが退けばいい話だね。

「(もちろん消毒が終わってからだけど!)」


そろりと腹筋の辺りまで身体をずらして、音を出さないように消毒液の蓋を開ける。
気付かれないように、気付かれないように…。気配を消しながら、口元へと右手を寄せる。が、しかし。


「バレてっから」
「あ、そう。じゃあコソコソやる必要ないね。失礼!」
「させるか!」
「うぐっ!」


サッと手を伸ばしたものの、エースの大きな手で素早く手首を固定されてしまった。
そんっっなに消毒がイヤか!怖いか!
だったらもういいよ!さすがにこれ以上強要するのもね!
何よりバタバタしてたら汗かくし!ベタつくのやだし!


「わかりました!じゃあオロナインだけにしよう!」


大人しく力を抜いて、エースの上から退こうと身じろぐ。


「手、放して。オロナイン取ってくるよ」
「…もうちょい」
「えっ、なに?」
「乗ってるついでにもうちょい下にズレてくんね?」
「は?」
「なんかこう、視覚的にイイ」


少しだけ頭を持ち上げたエースが下心満載の顔で言うので、思わず右手に力が入る。


「……まあ、わたしもこの体制はダメだよなーってわかりつつやってたから、うん。今回のエロ発言は水に流すよ。だから離して」
「わかってやってたのかよ!」
「そりゃあね!わたしそこまで天然ちゃんじゃないしピュアっ子でもないから!」


だからわたしにも非があるってことでおあいこね!と、掴まれている両手を思い切り振るものの、取れぬ。取れぬ取れぬ取れぬ!


「エース!」
「…なあ、お前そんなに腕振ると胸が揺れ、」
「はいアウト!もうおあいこでもなんでもないから!」


右の手首をくいっと曲げて、下にあるエースの顔目がけて消毒液をぶちまけてやった。目に入ったらどうすんだ!とかって騒いでるけど知るもんか!
手首が解放されたその隙に素早く立ち上がり、ティッシュの箱を思い切り投げつければ、丁度その場面だけを目撃したお母さんにめっちゃ怒られたけれど。

ああ、なんて理不尽なんだ…!



(そういえばさ、なんでガープじいちゃんと喧嘩したの?)
(あー、プリン)
(は?)
(じじいのプリン食ったらケンカになった)
(…やっぱ血の繋がりってすごいよね)
(俺はあんなに食い意地張ってねえよ!)
(だったら今取ったわたしのハンバーグを返せ!4分の1も取りやがって!)
(それとこれとは話が別だろ!おばさんのハンバーグめっちゃうまいからしょうがねーわ!)
(きゃー!いつでも食べにおいでねエースくん!)
(お母さんを味方に付けるのはせこい!せこいよエース!)

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長くてごめんなさい(´・ω・`)
家に来るエースを書けて非常に満足です!
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