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長引いた委員会。
予報外れの大雨。
当然カサなんて持っているはずもなく、正面玄関の屋根のもと独り寂しく立ち往生していると、階段の方から楽しそうな男女の笑い声が聞こえてきた。


「えーっ、みんな傘あるの?」
「置き傘だけどな」
「おれも」
「わたしもー!」


そんな会話をぼんやり小耳に挟んでいたわけだけれど。


「ねえね、じゃあ一緒に入れてよエース〜!」
「おー、入れ入れ」


どうやらあの中にエースがいるらしい。しかも会話の感じからして、ひとりの女の子はエースに気があると見た。

………これはマズい。

ここにいるのが見つかれば、エースは100%こっちにやってきてしまう。自惚れとかではなくて、カサも持たないボッチな友人を見捨てることが出来ないのはエースの性格を思えば明らかだからだ。

だけどそんなことになったらまた女子の敵を増やしかねない。
……よし、逃げよう。


「あれ?なまえ?」
「っ、!」
「お前もしかしてカサ、」
「(に、逃げよう!)」


エースの声をフルシカトして屋根の下から飛び出せば、大粒の雨が勢いよく全身を打つ。てかこんなに濡れてたらバス乗れなくない?公共の乗り物アウトじゃない?!ま、まさかの家までダッシュコース…!


「なまえ!」


泣く泣くバス停の横を走りすぎると、再び名前を呼ばれて慌てて後ろを振りむく。すると、同じくびしょ濡れになったエースがスピードを緩めぬまま走ってきて、すれ違いざまに手首を掴まれた。


「このまま走るぞ!」
「えっ!ちょ、傘は?!さっきの子は?!」
「傘だけ渡してきた!」
「なんで!一緒に帰ればよかったのに!」


息も絶え絶えになりながら言えば、手を引く力が一層強まる。


「日も暮れてるし危ねえだろ!」
「だ、大丈夫だよ!たしかにボッチだったけども、」
「関係ねえ!」
「えっ?」
「ひとりでもそうじゃなくてもお前のこと追いかけてきてたっての!」
「ええっ?!」


意図せず、素っ頓狂な声が出た。


「てか雨強まってんな…!」
「あっ、うん」
「やっぱ行先変更!俺ん家の方が近ぇだろ」
「は?!ちょっと待っ、」
「口はいいから足を動かせ!ほら、行くぞ!」
「(お、横暴だ…!)」



+ + +


「っ、はあ、ハア!げほっ!」


あれからぶっ通しで走り続けること10分弱。エースの家の玄関に足を踏み入れた瞬間、崩れるようにしてその場で座り込んでしまった。
さ、酸素!酸素が足りない…!


「…オイ、大丈夫か?」


その問いに首をブンブンと横に振る。距離もさることながら、なによりエースの速さが規格外だ。
そこで思い出されるのが、年1回の体力測定後に発行される校内新聞。記憶が正しければこの男は毎年足の速さトップ3の項目にその名を連ねていた。

……そうか、そりゃこうなるわけだよ。気分はさながらチーターにけん引されるカメのようだったからね。一度足がもつれた時は死ぬかと思ったからね…!


「なあ」
「ん?」
「シャワー………先どーぞ」
「なにその間」
「や、なんでもねえって」


…怪しい。とても怪しい。


「昨日の夜お風呂場でゴキブリでも出た、とか?」
「出てねーよ。とにかく風邪ひくからさっさと入ってこい!」


そう言ってグイグイと脱衣所に押し込まれる。
扉を閉められる直前に洗面台の鏡越しにエースを見れば、目が合ってなんだかビミョーな顔をされた。……その表情してるの最近も見たな。いつだっけ?

記憶を探ろうと顎に手を充てる。が、程なくしてぶるっと身体が震えた。


「ぶえっくしょい!」
「おい!早く入れって!着替え出しといてやっから!」


ドアの向こうから一喝されてしまったので、とりあえずここは素直に従おうと思う。おー、寒っ。


+ + +


「あっ、いたいた!エース!」
「おー?」
「シャワーと着替えありがとー」
「あァ、てか悪い。今俺ん家の乾燥機壊れて、る…。」


濡れた制服姿のまま頭にタオルを被っていたエースがくるりとこちらを振り向き、そして視線がぶつかるなりカチンと固まってしまった。…えっ、なにごと?

「エース?」

そろりと近付いて見上げればまじまじ見られた挙句、今度は顔ごと逸らされる。気のせいなのか。目に映るエースの耳が赤いようなそうでないような。


「なんで、」
「えっ?」
「なんでお前そっち着てんだよ…。」
「…そっちって?」
「それ俺のだから。お前にはルフィの服出しといたろ」


タオルをぐいっと引っ張り、完璧に顔を隠してしまったエースが力なく言う。


「ご、ごめん。上にあったからこっち着ていいのかと思って…。」


言いながらチラリと自分の身体を見下ろしてみる。
英字がプリントされた赤いTシャツ。スエット生地の黒い短パン。
どっちもサイズが大きくてもはや六分丈だ。

しかもズボンに関してはウエストが紐じゃなくてゴムだから下がってく、うおぉっとっと!ほらね!下がる!ずり落ちる!


「ちょっ!ダメだ!ズボンだけでもルフィのと替えてくる!」


落ちてくるズボンを必死にあげながらエースを見れば、いつの間に取ったのかさっきまですっぽり被っていたタオルは今やその右手に収まっていて。


「ついでに上もルフィのと替えてこいよ」


そう言ってわたしのことを見るエースの表情にはやっぱりどこか既視感を覚える。


「(…………あ、そうか)」


アレだ。プランターを運んでた時だ。たしかあの時も今みたいに困ってるような、それでいて焦ってるような複雑そうな顔をしてた。


いやはや、どうしたんだろう…。最近のエースってばたまにおかしいからなー。


「まあ思春期だしね…しゃあないのか」
「は、はあ?!ちげーよ別に!」
「違くないでしょーが」
「違う!ムラッとするなんて俺は一言も言ってねーぞ!」


思春期扱いすんなアホ!とタオルを投げてくるエース相手に思わずブハッと噴き出した。

は?!なに?ムラッと?!


「ちょっ、なんか話がかみ合ってないんだけど!」
「いいから着替えてこいって!頼むから!」
「む、ムラッとってなに!」
「だからしてねーって!」
「…なんで目そらすの」
「…お、俺も風呂入ってくる」
「おい待てぃ」
「なんだよ離せこら!」


とまあ、うまい具合に逃げられてモヤっとしたものの、このあとお風呂上がりのエースにスマブラで圧勝したのは涙を流すほど嬉しかった。メテオが決まった瞬間の爽快感ったらないよねマジで…!

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余裕でボディタッチもするし下ネタも言っちゃうんだけど、ふとした時(油断しまくってる時)にアクション起こされるとグングン意識しちゃうタイプだったらオイシイ!笑
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