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プランターを運び終えてから数分の間、まるで信じられないものを見るかのように警戒されて心底意味がわからなかった。けれど、そこは流石のエース。おじちゃんからお礼のジュースをもらうやコロリと切り替えて普段の陽気さを取り戻していた。


現に5限を受けてる今も、いつも通り構って構ってと背後からの猛攻がすごい。さっきまでのしおらしさはどこへ行っちゃったの。
カムバックしおらしさ…!


「なまえー」
「なに?」
「暑ィ?」
「まあ、うん」


黒板に目をやりつつ答えると、突然背後からの突風に襲われた。ぶわっと髪が舞って鬱陶しく顔に纏わりつくけれど、黙って冷静にやり過ごす。たぶんアレだ。移動教室の時に拾ったとかいうウサギさん型ウチワで送風されてるに違いない。


「涼しー」
「なまえの髪匂うなー」
「んー、……ん?えっ!?」


ま、待って今臭うって言った?
なにそれクサいってこと!?
ふと聞こえたエースの声に、暴れていた髪をバッと抑える。

すると背後からの風がピタリと止み、不機嫌そうな声色で「なんで抑えんだよ」なんて抗議されてしまった。いや、でも…!


「クサいって言うから!」
「そういう意味じゃねーし」
「じゃあどういう、」
「いい匂いすんなーって思っただけ」
「……。」


予想外の褒め言葉に思わず言葉を詰まらせていると、その沈黙を割くように授業終了を告げるチャイムが鳴り響く。おおう、なんて空気を読むチャイムなんだ…!ありがとう救世主!まじでありがとう!

机に教科書を仕舞いこみながらひたすら心の中で感謝していると、「いつまでそうしてんだよ」と不満そうな声が聞こえてくる。
だけど「イイ匂い」ってそれはそれでまた恥ずかしいんだって!気まずいんだって…!なんてどこまでも直球なエースを恨めしく思っていたところ、チャイムに次ぐ第2の救世主が現れた。


「おおっ!お前らほんとに前後なんだな!」


そろりと髪から手を離して声の聞こえた背後を振り向くと、ニッと笑ったサボくんと目が合う。………う、うおおっ!


「インテリ王子…!」


その黒縁メガネはガチなやつ?
それともオシャレ眼鏡ですか?
どちらにせよ似合ってる!めっちゃ似合う!

「だから王子じゃねーって」
「いでっ」

軽く小突かれたかと思えば、せっかくの眼鏡を外してしまうサボくん。あーあ、外す前に写メっとけばよかった。とんだミステイクだ。


「なあ、エース。さっき貸した英和辞書もういいか?」
「あっ!悪い!今出す!」
「おう!」


慌てて机を漁りだすエースを横目に、再びサボくんが「前後なあ…。」と感慨深そうに呟くのでどうしたのかと首を傾げる。


「…大変だろ、なまえ」
「おい!それどーいう意味、」
「ほんとだよ!この前なんて授業中にブラ見えてるとか言い出してさー!」


エースの言葉をぶった切ってこれ見よがしに言いつけると、サボくんの形のいい眉が僅かに下がった。これはきっと呆れ顔で「やめてやれよ」とか言ってくれたり、


「ずりーぞエース」
「ちょっ、違うじゃん!そうじゃないじゃん!」

「残念、男なんて皆そんなもんだ」
辞書を手渡しながらエースが言う。

「目の前にあったらそりゃ見ちゃうよなー」
辞書を受け取ったサボくんが言う。

なんだこれ。わたしに味方はいないのか…。


「…あ、てかそういえば」
「ん?」
「前にこのパラパラ漫画書いたのエースか?」
「おー!それ完成度高ェだろ!」
「高ェ!やべえ!」


辞書に漫画を描かれたというのに、怒るどころかテンション爆上げのサボくんになんだかほっこり。やれどこに苦労しただのそこの細かい動きをちゃんと見ろだのキャッキャと盛り上がるふたりを見ていると、ふとわたしの机に例の辞書が置かれて。……ん?

「見てろなまえ!」
「えっ、サボくん?!」
「いくぞー?」

すぐ斜め上から声が聞こえたと思えば、サボくんの長い指がそっと辞書に添えられる。…ち、近い。少しでも背中を倒せば胸板に頭をぶつけてしまうであろうその距離感に妙な緊張感が走る。


「ほら!すごいよな!」
「ソ、ソウダネー!スゴイ!」


正直それどころじゃない。
エースの距離感がおかしいのにはもう慣れたけど相手はサボくんじゃん王子じゃん…!たとえカタコトだったとしても、こんな状況下で律儀に感想を述べたことを褒めてほしいくらいなのに、

「アホなまえバカなまえ」

褒められるどころかエースに暴言を吐かれた。
そして言葉だけでは飽き足らず、にゅっと伸びてきた両手がそろりとわき腹に添えられる。ちょ、まさか……!


「くらえ!」
「ぃぎゃあ!」
ドン!
「痛っ!」


絶妙なテクニックで脇腹を擽られ反射的に身体を強張らせた結果、斜め後ろに立っていたサボくんの胸元に勢いよく頭を強打した。でもってその衝撃でよろめいたサボくんが低く唸りながら蹲ってしまったものだからどうしよう。ど、どうかお気をたしかにサボくんー!


「ああぁぁ、エースのせいでサボくんが…!」
「なんでだよどう考えてもお前の石頭のせいだろ!」
「も、もとはエースが擽ったからじゃん!」
「もとのもとはお前らが近すぎるからだ!」
「なにその言いがかり!」
「知るか石頭!」

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エースってパラパラ漫画書くの上手そう(´・ω・`)
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