ドレミファ、ソ
甲板清掃の真っ最中。ド派手にバケツをひっくり返して1から床掃除をやり直したのが昨日のこと。
一昨日は戦闘中にテンションが上がりすぎて勢い余って海へとドボン。そのとき咄嗟に助けに来てくれたのは少し離れたところで華やかに剣舞していたビスタ隊長だった。別隊なのにごめんなさい。そしてありがとうございます。
――で、二度あることは三度ある。
そうです。今日も今日とてやらかしましたとも。
任されていた帳票処理を進めようと書類を手元に寄せた拍子に置いてあったインク瓶に肘が当たり、豪快に中身を溢してしまった。
おかげで重要書類は真っ黒け。
泣く泣くごめんなさいを言いに行けば、眉を吊り上げたマルコ隊長に思いきり頭を引っ叩かれたからやるせない。別隊でも容赦がない。
とまあそんなこんなでトボトボとしょげながら甲板に出てくると、モビーの船首に座り込む見慣れた後ろ姿を発見した。そうだ、この人こそがわたしの直属の上司。
二番隊のトップに立つ火拳のエース隊長である。
「エースたいちょうぅぅ」
「ん?おおっ、なまえじゃねーか」
上半身を捻りこちらを振り向いてくれたエース隊長が「どーした?」と笑顔を浮かべる。それを見た途端、感極まってぶわっと視界が滲んだ。
ちょっと聞いてよ、隊長…。最近のわたしといったらそれはもう恐ろしいくらいに二番隊の恥さらしなんだよ。何もかもうまくいかないんだよ…!ドベ女なんだよ!
「我々二番隊の株を下げてごめんね…ううっ!」
「オイ何ひとりで盛り上がってんだよ俺付いていけてねーよ」
「わたしみたいな出来損ないは二番隊に相応しくない!このままじゃいつか除名されちゃうんだ!」
「はあ?」
隊長の隣にしゃがみ込み、わあわあと騒ぎ立てながら地面を殴る。けれど、すぐにここがモビーの船首の上だったことを思い出した。
殴ってしまった箇所を慌てて撫でまわし、ごめんねモビー!と懺悔すれば横で見ていた隊長が「忙しいヤツだな」と小さく噴き出す。
ああ、その笑顔癒されるなぁ…。
「ねえ、2番隊でのわたしの存在意義ってなんだと思う?」
「そんざいいぎ?」
「なんか役割とかそーいうの」
モビーを撫でていた手を止め、隣に座る隊長の顔を見る。お互い座り込んでいるとは言ってもやはり座高の差があるため僅かに見上げる形になる中、少し考える素振りを見せた隊長が探るように口を開いた。
「戦闘員、か?」
「テンションに飲まれて海に落ちるようなわたしが戦闘員でいいの?」
「…事務とか?」
「さっき重要書類ダメにしてマルコ隊長から大目玉食らいました」
「じゃあ雑用、は言い方が悪ィな。…オールマイティに雑務をこなしてくれる役とか?」
「昨日のバケツひっくり返し事件の犯人を忘れましたか」
「あー、だったらアレだ!隊長補佐!」
もうお前めんどくせえよ!って顔に書いてある。うん、わかる。ダル絡みしてるなーっていうのは痛いほど自覚してるんです。ごめんね。
「隊長補佐って?」
「俺が困ってるときに助ける役!それでいいだろ?」
「…そんなこと言って服が破れて直してもらう時も怪我して手当てしてもらう時もナースさんのとこ行っちゃうじゃん」
面倒臭いとわかっていながらも引き続きうじうじと口答えした結果。ひくりと口の端を引きつらせた隊長にぎゅっと鼻を摘まれた。物理的に黙らせようという作戦でしょうか。そうなのでしょうか。
「ったく口を開けば暗いことばっか言いやがって!」
「むがっ」
「役割なんてあってもなくてもどうだっていいだろ」
「…ほひいんれす」
「じゃあこれからはナースに頼んでたようなのも全部なまえにやらせる!これで立派な隊長補佐な!」
鼻を摘んでいた手が離れて、そのまま頭をガシガシと撫で回される。
くぅーっ、我が隊長ながらなんて親身!優しい!これだから大好きなんだよエース隊長…!なんて思っていたのだけれど、黙り込んでいたのがいけなかったのか少しばかり勘違いを生んでしまったらしい。
「それでもまだ不満かコラ」
「えっ!いや違、」
「だったらもうアレな非常食な、お前」
「非常食?!」
ま、まさかの食用!カニバリズム!
大急ぎで隊長から距離を取れば「ウソに決まってんだろ」と笑われてしまったけれど。なんて笑えないパイレーツジョークだ…!
「なあ、なまえ」
「うん?」
「仕事なんてドジったらやり直せばいいし戦えなくたってなんの問題もねえ。俺の仲間は俺が守る!」
「でも、」
「お前らは生きて笑っててくれりゃそれだけで充分なんだよバーカ」
空を仰ぎ、ゆったり話すエース隊長の声が心地よくて仕方ない。…でもさ、だったら尚のことちゃんと戦えるようになりたいって思うんだよ。
わたし達を守ると言ってくれる隊長のことを守りたいし、その人が背負う2番隊の株だって上げたい。
考え出したらキリがなくて、この人のためにならどんなことでも頑張れる気さえしてきちゃうからしょうもない。
「あーあ、わたし隊長のためなら非常食になってもいいかもなー。本望かも」
「朗らかに微笑みながら言うことじゃねーだろ!食わねーよ!気を確かに持て!」
「エース隊長こそ、」
「は?」
「隊長こそ生きて、それでたくさん笑ってよ。そのためならわたしなんでもできる。いくらヘマしても隊長がいればこうやってまた頑張ろうって思えるから」
だから、どうか、あわよくば、
上手い言葉を探そうとパクパクと口を動かしていると、スッと大きな手が口元に充てられた。
そして、ふわりと笑顔を浮かべた隊長が言う。
「当たり前だろ。俺がお前らを置いて先に死ぬわけがねえ」
どこか懐かしむように口元を緩めるものだから、なんだか無性に触れたくなって。慌てて手を伸ばしてみたら、一瞬驚いた表情を浮かべた後にやんわり手を取られて何故か再びじわりと視界が滲んだ。
「泣くなよ」
「今週のわたしは自信喪失してるため涙脆いんですー」
「はいはい」
被っていたテンガロンハットをわたしの頭に乗せ、からからと楽しそうに笑い声をあげる隊長と視線がぶつかる。ううっ、ぐすっ!
「わ、わたし2番隊でよかったー!どこまでも着いてくからね隊長ー!」
「ぶふっ、ぶっさいくな顔になってんぞ」
「…ずびっ」
隊長が笑ってくれるんだったらブサイク上等…!それさえ本望だ!
(…おいやめろよ?鼻水つけんなよ?)
(なにそれフリ?)
(ンなわけねえだろ!)
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途中から迷走しました(´・ω・`)笑