はなし! | ナノ


 青春スクリプト


毎年この時期になると何処か物悲しさを感じる。それも、今年はさらに別格だ。教室の窓から見える桜の蕾に「今年は咲いてるところを見てあげられなさそう」なんて心の中で呟いてしまうくらいにはセンチメンタルになっているらしい。

「それじゃあ時間になったら廊下に並ぶように」

それまでは自由時間!と早くも涙ぐんで言う担任の先生の凜とした声に、鼻の奥がツンとする。ああ、本当に今日で終わりなんだなぁ、わたし達の高校生活……。

寂しさを紛らわそうと、そっと窓の外に視線を戻す。が、それを早々に阻止しに来たのはこの青春時代を共に過ごした気の許せる友人たちだった。

「ねぇねぇ卒アルに寄せ書きし合おうよ!」
「せっかくだしクラスのみんなに書いてもらいたいよね!」
「いいね!じゃあ書いたらどんどん回してもらう?……ってなまえ?どした?」

目の前でワイワイと盛り上がる友人を見ていたら先ほどよりも寂しさが込み上げてきて。ずずっと小さく鼻を啜れば、気付いたひとりの子に顔を覗き込まれてしまった。

「わっ!ちょっ、見ないで!」

慌てて目元を擦ろうと手を動かすものの、ひょいっと伸びてきた大きな手にグッと手首を掴まれて。見れば、仕方なさげに口元を緩めたそいつが小さく笑みをこぼす。

「化粧取れるぞ」
「ずびっ」
「まぁ化粧崩れしたドンマイな顔面で式に出ようってんなら別に止めねェけど」
「…エースなんか登壇中に転べばいいのに」
「ンなヘマするかよ」

へらりと笑顔を浮かべるこの男とは3年間の腐れ縁だった。新環境への期待に胸を弾ませた1年生の頃に出逢い、最も行事に燃えた2年の時だってその苦楽を共にした。そして、受験に追われ別々の未来へと旅立つこの最後の年もまた、クラスメイトとして同じ教室で同じ時間を共有したのである。

おかげでこうして軽口を叩き合うほどまでに仲は深まり、それと同時に芽生えたのは密かな恋心。
結局卒業を迎える今になるまで気持ちを伝えることが出来なかったけれど、このまま終わりは嫌だ。

「そういえばアンタらの驚異の腐れ縁もここまでなんだもんね〜」
「エースってば寂しいんじゃない?なまえと離れるの!」

茶化してる割には何処かしっとりした雰囲気に、胸のあたりがきゅううっとする。…ああ、もう。今日はすべてが切なく感じる。まるでそういう特殊なフィルターがかかってるみたいだ。

「ほれほれ〜どうなのエース」
「…そりゃあ寂しいに決まってんだろ」
「きゃっ!だってよなまえ!」

や、やめて!やめてやめて!
わたしの片思いを知ってるくせになんて爆弾放ってくるんだ…!

「ちょっ、」
「なまえもだろ?俺と離れんのが寂しすぎて今にも泣きそう、って顔してんじゃねぇか」
「気のせい気のせい」
「へえ?」

見え透いた嘘を吐くな、とでも言うかのようにニヤリと口角を上げたエースに「大した自信だなぁ」なんてその時ばかりは客観的な感想を抱いたのだけれどーー。



「……まじでどの口が言ってたんだろうな」
「ひぐっ!うるさ、いっ!」

式が終わってみればそれはもうボロボロと涙が溢れだし、きっとエースの言っていた「化粧崩れしたドンマイな顔面」が完成されてるに違いない。

でもこれは別にエースのみに向けられた涙じゃないし!友だちと離れることへの寂しさとか、この校舎から去ることへの切なさとかいろいろなものが綯い交ぜになっての涙だし…!

「ていうかなんでいるの…誰にも見られたくないから態々こんなところまで来たのに、すびっ」

滅多に人が来ない屋上の扉の前。施錠されているため青空を仰ぐことこそ叶わないけれど、この残念な泣きっ面をどうにかするには最適だと思った、……のに。

「せっかくクラスの奴ら全員揃ってるのにこんなとこでひとりで泣いてたら勿体ねェだろ」
「っ、」
「あの教室が俺らのモンなのも今日で最後なんだしよ」
「そっ、そうやって寂しいことばっかり言う〜」

涙が大粒になって頬を伝い、ブレザーの胸元に落ちてはその部分だけがじわりと色味を深めた。

「ったく…泣き止まねぇとコレ返してやんねーぞ」
「あっ、わたしの卒アル!」
「巡り巡って俺のとこまで回ってきたんだけどな?」

まじでクラスの全員書いてたぞ、なんて言いながら頬を緩めるエースにポッと心が温かくなる。……どうしよう。すごく嬉しい。

「てかわたし宛の寄書き先に見ないでよ」
「悪ィ。……で、ほら」
「あ、ありがと」

卒業アルバムを差し出されて咄嗟に手を伸ばす。するとそれと同時に反対の手をグーにして突き出されたから驚いた。えっ?えっ?

「手、出せよ」
「…なに?」
「いいから」

その言葉に素直に従えば、コロンと手のひらに置かれたのはーー、

「第二ボタンって今でも流行ってんのな」
「……は?」
「さっきからすげぇラインくる」

手の上で存在を主張する細かい傷だらけのそれとスマホをいじるエースを交互に見比べる。

「けどブレザーの第2ボタンってあんま格好つかなくね?」
「まぁたしかに学ランよりは…。」
「だよな〜」
「それでも好きな人から貰えたら死ぬほど嬉しいよ」

現にわたしがその心境の真っ只中だ。だってこれ「やるよ」って解釈でいいんでしょ?

「あ、あのさ…念のため聞くけどこのボタン貰っちゃってもいいってこと?」
「そうだって言ったら?」

スマホをポケットにしまったエースがニヤニヤと意地悪な笑みで目線の位置を合わせてくるから慌てて顔を背け、ポツリと小さく呟く。


「……死ぬほど、嬉しい」


どうしよう。すごくすごく遠回しだった気がするけれど。鈍感なエースにはとても伝わらないような気もするけれど。それでも。少しだけ素直になれた今ならもう一歩前に踏み出せるかもしれない。

「ねぇ、あのね」

背けていた顔をまっすぐに戻すと、先ほどまでの姿勢のまま固まっていたエースがパチクリとゆっくり瞬きを繰り返して。
……うん、今なら言える。


「わたし、エースのことが好き」


自然と口からこぼれ落ちた告白の言葉は飾り気のないとてもシンプルなものではあったけれど。
だとしても、やっと言えた…。

そう肩の力を抜けば、一歩下がって壁に背をつけたエースがその場にズルズルとしゃがみこむ。それから何やら卒アルを背表紙側からペラペラと捲り始めたかと思えば、とあるページを開いたままスッと差し出されて。見ると、それは皆からの寄書きが集められた見開きの1ページだった。

「えっと…?」
「……中央斜め右上らへん」

それだけ言うと、くしゃりと襟足のあたりを乱し力なく俯いてしまったエース。状況こそ読めないものの、言われるがままにページへと視線を落とせばーー、

「……あった」
「おう」
「エース、…ぐすっ」
「また泣くのかよ」
「違うし!これは嬉し泣きだし!ずびっ!」


そう言うと、眉を下げてふにゃりと笑ったエース。

黒のサインペンでドンと大きく書かれているそれを「夢じゃないよね?ほんとだよね?」と確かめるように親指の腹で緩く撫でていれば、突然立ち上がったエースにぎゅうっと抱きすくめられ、そして、アルバムに書かれた言葉とそっくりそのまま同じ台詞が耳元で優しく紡がれたのだった。





(…って、ちょっ、何?!)
(いや、察せよ!さっさと目ぇ閉じろって!)
(待っ、展開早すぎ……!)

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学生の皆さん、ご卒業おめでとうございます(*^ω^*)
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