はなし! | ナノ


 shy



「なまえチャーン?」
「…何を企んでるんですかサッチ隊長」
「なんも企んでねーって!ただちょいとおつかいを頼まれてほしいんだわ」
「おつかい?」
「1個前の島に寄った時アレを買い忘れちまってよォ」


ニヤリといやらしい笑みを向けられて、咄嗟に頭を過ぎった「アレ」の正体。えっ、なに…?
まさか18禁的なアレ!?


「ふっ、ふざけないでください!避妊具くらい自分で買えってんですよ!」
「我が部下ながらなんつー凄まじい勘違いしてんだ!そうじゃなくて調味料だよ、調味料!」
「……は?調味料?」
「そっ。あの島独自で作ってる調味料は他じゃお目にかかれない珍しいモンなのにうっかり買い忘れちまったってわけ!」


だから頼むよ、と両手を合わせる上司にどうやって返すのが正解なのか。まず第一にこの海をひとり逆走する術がないし…。


「それって絶対ないとダメなの?厨房にいろんなのあると思うんですけど…。」
「あの味オヤジが好きなんだよな〜ないって知ったらさぞかし悲しむだろうな〜次に手に入るのはいつになるのか見当も付か、」
「よーしわかった行きましょう!その代わり小舟を手配してくださいよ!ちょっとやそっとじゃ沈まない強いやつで!」
「あァ、強い小舟な!任せろ!」


あまりにも優しげに微笑みかけられて若干の不信感が芽生える。…だって似合わない。そんなのが似合うのはビスタ隊長とかイゾウ隊長とかであってサッチ隊長にされても違和感しか湧かないんですけど…!

なんていうわたしの直感はあながち間違っていなかったらしい。


「強い小舟って……」
「同行する目利きの4番隊員って……」
「互いに適任だろ?」


準備をしろと急かされてあれよこれよと連れられてきた船尾ではなんとまあストライカーに片足を乗せたエースが目をまん丸くして立っていて。
反応を見るに、きっと彼もわたしと同じくハメられた側なんだと悟る。くっ、サッチ隊長め…!


「お前ら最近ヨソヨソしくて見てらんねェからおつかいがてら仲を深めてこい!ってことでいってらっしゃいなまえチャン」
「わっ!」


両脇の下に手を挿し込まれ荒々しく持ち上げられたかと思えば、これまた荒々しくストライカーの上に降ろされて元凶であるサッチ隊長を真っ青な顔で見上げる。ちょっ!揺れる!怖すぎる…!


「お、落ちる!」
「掴まれよ」
「っ、ありがと」


差し出されたエースの腕に必死でしがみ付く。
しかし、どうやら我が上司に背中を蹴押されたらしいエースが物凄い勢いでストライカーへと飛び移ってきたものだから、危うくバランスを崩しかけて咄嗟にその逞しい上半身に腕を回してしまった。だって、足場が超不安定…!

「おいサッチ!危ねェだろ!落ちたらどうしてくれんだ!」
「そうカッカしなくても沈む前に引き上げてやるから安心しろよカナヅチくん」
「そうじゃねーよ!なまえの話だっての!」

狭いストライカーの上、エースがサッチ隊長を見上げながらギャンギャンと騒ぐ。そして、最後の雄叫びを聞くやサッチ隊長の口角がくいっと上がるのを見逃さなかった。


「へえ?能力者の自分が落ちるよりなまえチャンが落ちる方が一大事ってか〜愛だね〜」
「っ、!い、行くぞなまえ!」
「えっ!ちょっ、ぎゃ!」


腕の中にいるエースがグルっと身体の向きを変えたことで、上手いこと背中からしがみ付くような体勢にはなれた。けれど、煽られてヤケになっているのか海の上を進むスピードは異常なほどに早くって。
うっ、うおおぉ!振り落とされる…!

「エース!速い!速いって!」

震える声で叫ぶも、風を切る音に負けてか中々もって返答が返ってこない。どうにかアクションを起こすにもエースの身体から手を離すなんて以ての外だし…!そんなことしたら絶対落ちるし!

「(…よし、こうなったら苦肉の策だ)」

と、その広い背中に刻まれたオヤジのマークにぐりぐりと頭を押し付ける。意図なんて伝わらなくても構わない。ただエースの気をこちらに向けられればそれだけでいいのだ。ええーい、気付け気付け!


「…おっ!」
「えっ?、ブフッ!」


大きな声に誘われて顔を上げたのが間違いだった。
望みどおりストライカーのスピードを落としてくれたまではよかったものの、それがあまりにも急ブレーキでエースの背中へと顔面を強打したのである。


「っ、鼻…!鼻打った!」
「なァ、なまえ!お前毎朝ニュースクーの新聞読んでるよな?」
「…読んでるけど」
「今朝のエンタメ記事見たか?」


背中への衝撃にはまるで気付いていないらしいエースが目をキラキラと輝かせてこちらを振り向くので、渋々と小さく頷く。


「虹色イルカでしょ?見たら幸せになれるとかいう幻のイルカだっけ?」
「それ!前見てみろよ!」
「えっ?」


ホラ、と前方を指差すエースの腕の隙間からひょこっと顔を覗かせそちらを見やる。
すると視線の先では数頭の色鮮やかなイルカ達がストライカーの前方をくるりくるりと気持ちよさそうに泳ぎ回っていて。うっっ、わぁ…!


「す、すごいすごい!虹色イルカの群れだ!呼んだらこっち来るかな?!」
「やってみ?」
「おーい!イルカ達ー!」
「……っ、」
「おいで!ほらほら!」


足場の不安定さなんて一気にどうでもよくなって、エースに回していた腕を解くとストライカーの上でしゃがみこむ。その姿勢のままパシャパシャと水面を叩けば、思いが通じたのか一頭の虹イルカがひょこっと目の前に顔を出したではないか…!

「お〜、案外懐っこいんだな」

隣でエースが同じように腰を落としたことで、足場がぐらりと傾く。けれど、今わたしの意識は目の前のイルカちゃんに一直線なわけで。

揺られるがままに、隣の逞しい肩へとぐでっと体重を預けてしまう。


「めっちゃ可愛いぃぃ…。」
「あァ…。」
「かわいすぎるね…。」


ふにゃっとだらしない笑みを向けて言うと、片手で素早く口元を覆ったエースがチラリと横目でこちらを見る。

そして、

「…はしゃいでるお前が可愛いっつーの」

なんて真っ赤な顔で言った次の瞬間、このぎこちなくも甘ったるい空気を冷やかすかのように虹色イルカが尾びれで海水を弾き、それが運悪くエースの顔面にクリティカルヒットを決めたのだった。


「……だ、大丈夫?」
「ダメだ顔が濡れて力が出ねェ」
「どこかのパンのヒーローみたいになってるけど」
「…てかお前も顔赤くねぇか?」
「うっ!え?!(誰のせいだと思ってんの…!)」

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照れ屋だけど考えるよりも先に口に出しちゃうタイプなので比較的ストレートな物言いしちゃうエースくん。
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