ゆっくりおいでなさい
遅れて来たり早く来たりと到着時間の振り幅が非常に広い地元のバス停でポツンと立ち竦むこと数十分。どうやら今日は前者らしい。
「(待てど暮らせど全っ然来ないよね…。)」
手持ち無沙汰に車道へと伸びた自分の影をじとっと睨みつける。すると、ふと隣にわたしのものよりも幾分長い人影が追加されて。だからと言って特に動じず引き続き視線を落としていたわけだけれど、
「………」
「………」
隣に立つその人がひょこひょこと頭の位置を動かして頻りにわたしの横にある時刻表を覗こうとしていたことに気が付いた。
わっ、申し訳ない…!
「す、すみません!」
「いや、俺の方こそ!」
慌てて一歩後ろへと下がると、軽く会釈をしたその人が高い背丈を屈めて時刻表を覗き込む。
昔ながらの時刻表ということもあってか所々インクが霞んで文字が見えないのだろう。目を細めてずいっと顔を寄せたことで、彼の横顔が真ん前にきた。
そこでひとつ、わかったことがある。
「(この人、超イケメンじゃん…。)」
スッと通った鼻筋に、整った眉。
目はどちらかというと切れ長な方で…なんてこっそり観察していると、赤い舌がペロリと下唇を撫でるのを目の当たりにして何故か頬が熱くなる。
「…なあ」
「えっ、あ、ハイ!」
「この時刻表全っ然読めねェんだけどよ、次に来るのってコレだよな?」
イケメンさんの長い人差し指が17時の欄をスーッとなぞり、掠れた47分の箇所をトントンと突く。うーん、まあ本来ならその筈なんだけど…。
「7分にくる予定のが遅れてるからそっちが先にくると思います」
「7分って、今もう32分だぞ?あんたここで何分待ってんだ…?」
「かれこれ30分くらいですかね…。」
悴む指先を擦り合わせながら言うと、その切れ長な瞳が驚きで大きく丸められる。…ていうかだいぶ今更だけどイケメンさんと会話しちゃってるよわたし。や、やばい。かっこいい。緊張する…!
「そのバスまだ来ねぇかな?」
「ど、どうですかね」
急に気恥ずかしくなって視線を落とせば「もし来たら大声で教えてくれよ」なんて言い捨てたその人がフッと隣を離れていくのが気配で伝わってきて。
声の遠ざかっていった方向にそっと目を向けてみれば、すこし離れたところにある自販機へと小銭を入れる後ろ姿に「喉が渇いてたのかな」と納得をしたものの。
「(……ん?)」
ボタンの点灯する自販機の前でしばらく考えた彼がくるりとこちらを振り向き、なにか悩むように小さく首を傾げたではないか。
……ああ、もう。さっきから何気ない仕草のひとつひとつに目を奪われて困る。イケメン耐性がないから余計に心擽られるっていうかなんていうか…。
そうごちゃごちゃ思案していると、軽い急ぎ足で戻ってきたイケメンさんに「ほら」と右手に持っていたものを差し出される。
「えっ?」
「ミルクティー飲めるか?」
「大好きです、けど…」
「おっ!それならよかった!なにが好きかわからねェからちょっと迷ったんだよな〜」
「それでさっきこっち見てたんですか?」
「そうそう」
まあ考えてもわかんねェから直感で選んだけど、なんて。笑顔がまぶしい。某ファーストフード店でスマイル0円だとかやってるけど、この人の笑顔にだったら1000円出せる。1スマイル1000円……いや、もっとかもしれない。
「あの、でも、」
「遠慮すんなって」
そうは言っても出会って数分の人に飲み物をもらうだなんて。ここで遠慮しなかったらむしろどこでしろっていうんだろうか。
「あー…じゃあバスが来るまで話そうぜ!」
「話?」
「何もナシには受け取れねぇって言うんだろ?なら暇つぶしに話相手してくれよ」
それだったらいいだろ?なんてコートのポケットに暖かいミルクティーがぐい、と突っ込まれる。途端にじわりと熱を帯びた右腰のあたり。…あ、あったかいぃぃ。
「わたしお兄さんを大爆笑させられるような面白いこと言えないですけどそれでもよければ…。」
「ぶはっ!大爆笑なんてハードル高いの求めてねぇからもっと肩の力抜けって…!」
「あっ、はい」
けらけらと満開の笑顔を咲かせるお兄さんから目が離せない。どうしようこの人ほんとタイプだ…。
普段はそのルーズさに振り回されほとほと呆れ果てていたけれど、今日ばっかりは到着時刻のブレに定評のあるバス様様に土下座してお礼を叫びたい気分である。
そして、叶うものならあと1時間くらい遅れてくれてもいいかなぁ、なんて。そんな調子のいいことを願ってはゆるりと口元が緩むのを感じていた。
並ぶ2つの影法師
(お兄さんこの辺地元なんですか?)
(いや、友達の地元がこの辺で遊び来てたんだよ。結構目立つヤツでキッドっつーんだけど、)
(キッドって…ユースタス?)
(おっ!知ってんのか!)
(中学一緒だったから……っていうか、えっ?お兄さん高校生だったの?!しかもタメ?!)
(思いっきり制服着てんだろ〜)
(ええっ!それ着崩しすぎてもはや私服…!)
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つづく……?
実はヒロインがキッドの幼馴染とかだったらよくないだろうか…高校上がって絡み薄くなったけど何気に幼馴染、的な|・ω・`)