はなし! | ナノ


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「火拳のエース」と聞けば大抵の一般人は身体を強張らせるし、屈強な海兵さえ顔を青く染める。
なんてったってこの広大な海で名を馳せる白ひげ海賊団の隊長だもん。気持ちはわかる。

でも、蓋を開けてみればそんな大それた大悪党でもなければ恐れ慄くべき男なんかじゃない。

その証拠に、ほら――。


「なまえー!」
「っ、オイ!待てって!」
「見ろよ!エースのエロ本!」
「え?」
「ちょっ!やめろ!見んな!」


ゲスい笑みを浮かべた2番隊員に薄っぺらい雑誌を手渡されたかと思えば、彼の後を追うようにして食堂へと走りこんできたエース。その頬は見るからに真っ赤に染まっていて、手元のコレを見られたくないのであろうことはよーくわかった。が、そんな反応をされたら意地でも見たくなるのが人間の性というもので。

そそくさとカウンターの中に戻って雑誌を開くと……うわーお。


「…素人もの?」
「バッ、開くな見るな返せ!」
「おいエース!カウンターに乗り出すな!降りなさい!めっ!」
「言ってる場合かよサッチ!なまえがエロ本読んでんぞ!いいのか!」


必死に叫ぶエースを他所にぺらりぺらりと雑誌を捲り進めると、隣からひょこりと顔を覗かせたサッチ隊長がとあるページを指差して「エースが好きそうな女」なんてへらりと笑う。へえ。エースってこーいう女の人がタイプなの?気の強そうなグラマラスお姉さん、って感じ?


「言われてみればこのページだけ他よりヨレてる気が、」
「よ、ヨレてねえよ!」
「まあまあ、お遊びはその辺にしてなまえは昼メシの下準備班だろ?そろそろ持ち場に戻ろーな」
「はーい。あっ、じゃあこれ返すねエース」


隊長命令は絶対!ってことで急いでエロ本を差し出すも、互いの指が触れ合った途端にサッと手を引っ込められて、無残にも床へと落下したソレ。


「あっ、ごめん」
「っ、」


落ちた本を拾い上げ、ゆっくりと視線をあげる。
するとまあ、さっきよりも更に顔を赤く染め上げたエースがエロ本を引っ掴んでドタバタと食堂を出て行ってしまって。一方で、登場時からひたすらゲラゲラと笑い続けていた2番隊員がそれを見て余計に楽しそうに笑みを深めた。


「エースの奴ほんとなまえのこと大好きだよな〜」
「いいからアンタはさっさと自分のとこの隊長追いなよ」
「へいへい」
「…今すぐその含み笑いやめないとお昼ご飯減らしちゃうぞ?」


ヤンチャ者揃いで非常に手を焼く2番隊だけれど、食が絡むと実に扱いやすい。小さく小首を傾げてみせれば「げっ!職権乱用は卑怯だぞ!」なんて顔を引攣らせ、そそくさと食堂から退散していった。うん、楽勝楽勝。


「さっ!お昼ごはんの下準備しよーっと」
「…なあ、なまえチャン?」
「なんでしょう?」


さっきから隣で絶えずニヤニヤしてたのは知っている。けれど、敢えてそこには気付かないフリ。
知らぬ存ぜぬでしれっと返事を返してみると、そっと肩を抱き寄せられ耳元へと顔を寄せられる。…ちょーっと近すぎませんかね?


「あの、」
「気付いてんだろ?」
「…はい?」
「エースのこと」


……そりゃまあ、アレだけわかりやすく来られたら勘付きはするよね。本人の態度に加えて周りもあんな感じだもん。気付かない方がおかしい。


「だったらなんです?」
「受けとめてやんねえの?」
「受け止めるも何も飛び込んで来ないですし」
「お前が両腕広げてやればすぐにでも大喜びで飛び掛かってくるっての」
「て、ていうか別にわたしはエースのことそーいうんじゃないっていうかなんていうか、」
「前までは、だろ?」
「……」


最近じゃお前も意識し始めてるくせに、なんて見透かしたように言うサッチ隊長を控えめに睨みつけてやる。おまけに肩に回された手の甲をぎゅっと抓りあげれば「いててて」と楽しそうな笑い声混じりにようやく肩抱きホールドから解放されたのだった。


(…何笑ってんですか)
(いやー、図星突いちゃったかと思ってよ)
(ず、図星じゃないです!そのニヤニヤした顔にムカついただけです!)
(意地になっちゃってわかりやすいよなァ、なまえチャン)
(ちょっと黙ってくださいよサッチ隊長…!)

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シャイエースを書きたくなったので。
ひっそりと数話ほど続けますー!
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