はなし! | ナノ


 常識なんてポイっと


あー。わかんないわー。
英語の宿題で『好きな英本を一冊選んで読解してこい』なんて無茶難題を言い渡されたのが運の尽き。長文読解なんて大っ嫌いだよバカヤロー!

小学生の頃おばあちゃんが買ってくれた勉強机へと突っ伏して「うー」だの「んー」だの唸っていると、突然音を立てて開いた引き出しが腹部へと直撃してまた違った意味合いの唸り声が零れ出た。うぐっ…!

「あ、わりィ」

鈍く痛むお腹を擦って、じとりと目の前の男を睨む。そうすることで必然と目に付くのが、机の引き出しから覗くその引き締まった上半身だ。

羨ましいほどに筋肉質で、それでいて裸。

目のやり場に困るから服を着て来いって毎回頼んでるのに、それだって未だ改善されず仕舞いだから困ってしまう。まったくもう!


「ねえほんとに悪いと思ってる?急に出てくるなって何回言わせるんですかアンタは!」
「ンなこと言ったって急に出てくる以外にどうやって出てくりゃいいんだよ?」
「様子窺いながらそっと開けるとかあるでしょ!」
「おっ、そりゃ名案だな!」


わははと豪快に笑うこの男の名前はエース。聞いた話によると、別の世界で海賊をやってるらしい。本来ならそんな話を聞いたところで微塵も信じなかったと思うけど、初対面がこんなふうに机の引き出しからこんにちはーだったものだから信じざるを得なかったよね。常識なんてものはその瞬間にぽいっと投げ捨ててきた。


「ほんとどこのネコ型ロボットだっての…。」
「ネコ型ロボット?」
「まあうん、いいからとりあえずそこ退いて。わたし絶賛宿題なうだから。どん詰まりなうだから」
「あァ、じゃあちょっと失礼!」


着地点を探す素振りを見せたエースに椅子ごと後ろへと押しずらされてなんだか少し情けない気持ちになる。

「…ん?」

フローリングの床へと軽々降り立ち、行儀よく引き出しを閉めようとしたエースがふと机の上に目をやったかと思えば、極めて不思議そうに首を傾げながらこちらを振り向いた。


「なあ、宿題ってまさかこれか?」
「そうそれそれ。もうほんと意味わかんないよね」
「いやわかるだろ」
「え?」
「だから、わかるって」


むしろなんでこんなのがわかんねーの?と言わんばかりの視線に、今度はわたしが首を傾げる番である。え?エースって英語出来るの?そっちの世界の海賊ってものすごく勤勉だったりするの?……まじで?


「いつも食うだけ食って帰ってくテイク&テイクなエースとようやくギブ&テイクな関係になれそうな予感…!」
「随分と棘のある言い方だなオイ」
「まさか唯一ギブされるものが学力だとは思ってなかったけどね」
「唯一ってなんだよ!他にもあるっての!」
「たとえば?」


椅子のローラーを転がし元の位置に戻りながら問えば、一歩横にズレて顎に手を当てるエース。そんな些細な動作でもサマになって見えるんだからイケメンってずるいよなぁ…。


「たとえば……あっ!夜のアレだったらよく褒められるけど」


ヤるか?なんて何食わぬ顔で言うエースに手に持っていた電子辞書を思い切り投げつけてやった。一切動じることなくキャッチされたのには驚いたけれど海賊っていう職業柄、危機察知能力に長けているのかもしれない。
それにしてもなんてこと言い出すんだこの男…!


「次また変なこと言ったら今後行き来できないように引き出しガムテープでぐるぐる巻きにするから!」
「ちょっ、なんだよ!怒んなよ!」
「怒るよ!当たり前じゃん!」
「ンなこと言ったってそんな反応されたの初めてだぞ…。」
「これがごく一般の反応だと思うけど?!」
「いや、普通はもっとノってくる」
「だとしたらそっちの世界がフランクすぎるんだよ!」
「そうかァ?」
「…エースって彼女とかいないの?」
「いねえな」


そうか。それならその乱れた性ライフもギリ許されるラインか……って、そんなのどうでもいいわ!わたしは宿題が終わればそれでいいんだよ!エースの性事情なんか知らん!


「じゃ、じゃあ話戻すけど!ここの読解ってどういう日本語訳に、」
「なまえは?」
「はい?」
「なまえは彼氏いねーの?」


人がせっかく話戻したのにそれを更に戻しやがって…!
そんな思いを視線に乗せてグッとエースを見上げるも、予想以上に真剣な顔してこっちを見ていたものだから「いない、けど…。」なんてつい馬鹿正直に答えてしまった。


「へえ」
「……なに」
「だったら俺が奪いたい」
「は?」
「少しでも揺らぐようなら俺と一緒に来ればいい」
「…へっ?え?」


姿勢を落としたエースが耳の後ろで次から次へと言葉を並べる。
ま、待て待て?奪いたいって何を?
一緒に来ればってどこに…?
咄嗟にそんな思考を展開させれば、止めを刺すように「愛してる」だなんて低い声で囁かれて頬が熱くなる。ちょ、ちょっとタンマ!
急にどうしたの?!


「え、エエエース?!」
「…って、書いてある」
「なにが?!え?!」
「男の台詞んトコ」
「……せりふ?」
「そこの上から4行目。お前宿題に恋愛小説選んでんだなー」


それにしてもこいつの台詞ちょっとクサくね?なんてケラケラ笑うエースに若干の苛立ちが生じたのは仕方のないことだと思う。なんて紛らわしいことを…!


「今から読解するよーとか言ってよ…。」
「もしかしてちょっとキてた?惚れそうだった?」
「…まさか狙った?」
「さあ?どーだろうな?」
「うわー。タチ悪いわこのお兄さんー。」


確信犯の笑みを浮かべるエースから視線を外し、ヤケクソになりながらさっきの訳をノートに書き写す。すると、またしても背後から楽しそうな声が聞こえてくるではないか。


「なまえ」
「ういー」
「いじけんなよ」
「いじけてないですー」
「連れて行ってもいいなら連れてくけど」
「いいってもう。恋愛経験値の低いしがない学生で遊ばないでよ」
「遊んでねーよ。本気で言ってる」


そう言ってわたしを椅子ごと後ろに引くと、素早く引き出しに手をかける。そして振り向きざまに腕を引かれたかと思えば、身体を屈めたエースにぐいっと担がれて一瞬息が詰まった。ううっ、苦しい…!


「お、下して!苦しいってば!」
「少しの我慢だ。ほら、行くぞ!」
「って、ぎゃあああ!なに!なにこれ!どうなってんの!?」
「俺もよくわかんねえ!」
「はあ?!」
「ちょっとすれば俺の住む世界に着くから大丈夫だって」


なっ、なにそれ!
全然大丈夫じゃないじゃん…!!!


「わたし元の世界に戻れるんだよね?!」
「たぶん」
「たぶん!?」


まあ気楽に行こーぜ、なんてのんびりしているエースが心底信じられない。

そして数秒後、うっすらと視界がひらけて見えてきたのはキラキラと青く輝く大海原で、眩いばかりのその光景に思わず頭を抱えたくなった。

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某猫型ロボットパロしたくて失敗したやつです(´;ω;`)笑
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