はなし! | ナノ


 甘雨を受け止めよ


ザアザアと降りしきる雨の中。
運悪く買い出し担当に当たってしまい、買物メモ片手に足取り重ーく歩いていたのだけれど。


「おっ、なまえ!いいとこに来た!」
「……。」
「待てって!オイ!」
「ぎゃ!何!なんで入ってくんの!」


閑散とした通りに佇む雑貨屋の軒下。ポツンと立往生してるエースに気付いてはいたけれど、しれっとスルーして通り過ぎようとしたら何を思ったか無理矢理カサの中に割り込んできやがった。せっま!どう考えても定員オーバーでしょ!


「出ろ!」
「ほぼ出てるに等しいだろ!半身も入ってねーよ!」
「全部出ろ!わたしの肩が濡れるでしょうが!」


言いながらエースの肩をぐいっと押せば、ふと手のひらに感じたウェット感。ていうかよくよく見れば、既に全身びしょ濡れじゃんかアンタ。


「濡れるから離れてください。割とマジで」
「ここ普通の子だったら風邪引くの心配してカサ入れてくれるとこだろ!」
「エースは風邪引かないじゃん」
「は?引くっつーの」
「バカなのに?」


にやりと煽り混じりで言ってみれば、軽々挑発に乗ってきたエースに持っていた傘を強奪されてしまった。取り返そうと手を伸ばしても、その長身を活かして高くに掲げられては当たり前に届かないのだからやるせない。くっそ!この地味な敗北感…!


「返してよ!」
「え?なんだってー?俺バカだからお前が言ってることよくわかんねえわ」


コ ノ ヤ ロ ウ !
わざとらしく爽やかな笑みを貼り付けているエースに一矢報いてやろうと靴の踵を踏みつけてやれば「小せえ嫌がらせすんな!」と腕を引かれる。おかげでカサの下にすっぽりと収まったものの、エースに触れる肩や腕がジワリと水気を帯びた。

「ちょっとエー、ス…。」

文句のひとつでも言ってやろうと隣に目を向けるも、ビニール傘越しに空を見上げるその整った横顔に言葉が詰まる。癖っ毛から滴り落ちる水滴も相まってか、数秒ほど目を奪われてしまった自分が少しだけ恥ずかしい。いや、だってエースに見惚れるとかなにそれ!ナニソレ…!


「おい、なまえ」
「え?」
「お前なんでまた離れんだよ」


気を落ち着かせようと僅かに距離を取れば、目敏く気付いたエースに指摘を受けて思わず口元がモゴモゴっとする。


「べ、別に?」
「カサから出てんぞ、肩」
「そう思うんなら返してよ」
「お前がもっとこっち寄りゃいいだろ 」
「いやいや、もうすでに寄り添ってるじゃん!さっきからわたしのパーソナルエリア侵されまくりだからね!ガンガン攻め込まれてるから!」


エースを見上げてわあわあと騒ぎ立てる。すると、傘を持たない方の手で片耳を塞ぎ『ウルサイ』を体現され、少しの沈黙の末に「わかったっての」と肘で頭を小突かれた。いや、小突くってレベルじゃなかったな。ゴンっていったもんね、今!


「もう!暴力反た、」
「悪かったな」
「…えっ?」
「これ、返す」
「えっ?ええっ?」
「正直そこまで嫌がられると思ってなかったんだよ。ゴメン」
「いや、あの…!」


な、なんで急にそんな切ない顔するわけ…?そのあからさまに寂しそうな表情見てるとすっごい罪悪感沸くんだけど!心がヒシヒシと痛む!

「ちょ、ちょっと?待ってよエース!」

返された傘の柄をぎゅっと握りしめながらエースを呼び止めるも、一歩また一歩とゆっくり距離が開いて。しかもその背中がまた捨て犬さながらに哀愁を漂わせているものだから見てられない。

わ、わかった!わかったよ!
わたしが意地張りすぎたねゴメン!
ずぶ濡れでもいいから一緒に傘入ろう?!なんなら買い出し費用の中からタオル代捻出してあげるから!お願いだからショボンとするのヤメテ!ヤメテクダサイ!


「ねえ、エースってば!」


小走りで追いかけ雨水で濡れる腕を掴むと、チラリと振り向いて「濡れるぞ?」なんてへにゃりと眉を下げられたからどうしたものか。ああ、もう…!


「は、入りなって」
「……。」
「別に嫌だったとかじゃないから」
「……。」
「ちょこーっと照れ臭かったっていうかなんていうか…うん、そういうのだから!」
「……。」


とてもじゃないけどこんな照れくさいこと目を見て言えるはずもなく、視線はがっつり地面へと一直線だ。
しかも四苦八苦した結果が沈黙とか。「あ」でも「い」でもいいからとりあえずなんか喋ってよ…。


そんな思いを胸にゆっくりと顔を上げれば――。


「ふーん?」
「……は?」
「イヤじゃねえんだ?」
「ちょっ、え?!」
「そうか、照れ臭かったのかー。へえー?」
「っ、!」


てっきりさっきみたくシュンとしてるのかと思いきや、その顔と発言は一体どういうことだ…!誰が見ても100点満点の煽り顔だよ!むしろ100点ぶっちぎって120点満点なんですけど!……はああ?!


「相合傘で照れるなんてなまえも可愛いとこあんだな」


にぃーっと腹立つほどの笑顔で言ったエースがナチュラルに傘へと手を伸ばしてきたので、思い切り舌打ちを鳴らしてその場から一歩退く。そうすることで見事にスカして宙を掴んだエースがぐっと眉間に皺を寄せた。


「は?なんで避けん、」
「誰が入れるかぶぁぁあか!」


出でよ、覇気!
……うん、出ないけど!
もしもわたしに覇王色の覇気が備わってたら今すぐにでも使ってやったのに!命拾いしたなエースめ!なんてことを思いながら強く手を握りしめると、傘の柄がミシっと嫌な音を立てる。

そして、わたしが発した突然のシャウトにポカンとしていたエースもすぐに気を持ち直したらしい。スッと目を細めたかと思えば、ひたすらガラの悪い引き攣り笑顔を浮かべた。


「あァ?!ンだと?って、待てこらなまえ!」
「乙女の優しさを弄びやがって!アホ!ヤリチン!」
「ばっ、街のド真ん中でなんつーこと叫んでんだテメェ!」
「てかなにちゃっかり傘入ってきてんの?!エースなんかその辺でカッパでも買って着てろバカたれ!」
「あー、ハイハイ。わかったから照れんなって」
「てっ!照れてないし!全然違うっての!」
「ほんと照れ隠しヘタクソな、お前。ぷぷーっ」
「腹立つ!その顔超腹立つ…!」


決めた!今すぐ帰ってオヤジに覇気習おう!そうしよう!


(オヤジー!覇気教えて覇気!モチロン覇王色の!)
(なあ、覇気の前に買い出しはどうしたんだよい?)
(え?)
(だから、買い出し)
(……へへっ)
(5分で終わらせて来いよい)
(ちょっ、そんな…!)
(よーいドン)
(ひいぃぃ!行ってきますー!)

---------------
「相合傘」なんてベタすぎるテーマで書いてもちっとも甘くならない。なんで( ˘ω˘)笑
×
- ナノ -