「12名の宴会料理出してー」

「18名の方も次の料理お願いします!」

「座敷の7名分もくださーい」


そこそこ大型の宴会が重なっているということで、ホールメンバーから宴会料理催促の声が飛び交う。実際キッチン内は事前に準備してある料理を出していけばいいわけだからそこまで混乱することもないだろうけど、不思議なのはドリンクだ。

3件とも飲み放題でガンガン頼みまくってるっていうのに、未だにどの卓からも性急の声が掛かっていない。普段だったらまず第一にドリンクの提供が追いつかないはずなのに、いったいどーいうこと?

考えるほど悶々としてきて、空いたグラスを下げに行きがてらドリンカーの様子を覗いてみることにした。そしてそこで見た光景に心底ギョっとする。


「えっ?!」


グラス専用の洗い場には使い終わったジョッキが山ほど溜まっていて、その奥のドリンク作成の場にはせっせと手を動かすリョーマくん。
たしかに今日のドリンカーは彼だった。それは間違いない。

だけど………、ええっ?この量の注文に併せてグラスの洗浄までフォローなしで全部ひとりでやってたの?!


「リョーマくん!ドリンカーフォローは?!」

「キッチンの中みんな通常オーダーで潰されてて入れる人いないッス」


さすがに冷蔵庫でグラスを冷やす余裕まではないようで、氷水を張った大きなバッドから冷やしたジョッキを取り出して言うリョーマ君。
なんて痛々しいんだ…!


「でもそろそろ限界かも。グラス追いつかないんスよね」

「わ、わたしが洗う!むしろ洗わせてください!」

「…いいの?」

「うん!もちろん!」


そうと決まれば、調度グラスを下げに来たブン太に一旦裏に引っ込むことを伝言する。すると状況を聞くなり中に向かって「気付けなくてごめんな!越前ー!」なんて絶叫するもんだからキッチンメンバーからも「ごめん越前!」「注文切れたら手伝うからなー!」なんて声がいくつも出てきた。

こうやってどんなに忙しくても嫌な雰囲気にならないあたりがこの店の長所だと切実に思う。


「なまえ!」
「うん?」
「外はなんとか回すから越前の補佐は頼んだぞ!」


戻っていく際、ドリンク台から10個まとめてジョッキを持っていくその後ろ姿に頼もしさしか感じない。どう転んでも兄貴肌だな、ブン太ってば…!

よーし、わたしも頑張るぞ!



+ + +


「ふう…。」


あれから数十分、ひたすらグラスを洗い続けてようやく一段落がついた。が、止めどなく注文を捌かなくてはいけないリョーマくんは未だオーダーで手いっぱいに見える。

……ていうかアレ宴会のラストオーダー来てるな。

スタートの時間が被ってるからラストオーダーもほぼほぼ同時に近い。どうにかホール側で調整しようとしているのが見てとれるけど、それにも限界があるってなモンで。……よし!



「一緒にラストオーダーやろう!」

「ッス、じゃあ氷入れんのとビールお願いしてもいいスか」

「了解!シロップ入れてくれればサワーもこっちで入れるから回してー!」

「ういっす!」


―――


―――――


「宴会ラストオーダー終了ですー!」


ホールの女の子がドリンカーを覗き込んで「お疲れ様でした!」と労いの声をかける。するとリョーマくんが小さく笑みを浮かべたものだから、途端に顔を真っ赤にさせて自分の持ち場へと駆け足で戻って行ってしまった。ほんとモテるなあ、リョーマくん。
従業員用の冷蔵庫からポンタを取り出す後ろ姿を見てしみじみ思う。
…ってしみじみしてる場合じゃなかった。早く提供の方に入らないと!


「じゃあわたし表戻るね」

「あ、待ってなまえさん」

「え?」


タタッと駈け出すのと同時にリョーマくんに呼び止められて、咄嗟に声の方を振り向いた。


「う、わっ!」

「ナイスキャッチ」

「これ…、飴?」

「手伝ってくれたお礼」


お礼だなんてそんなのいいのに…。
ふわりと投げ渡された手元の飴に目を落とす。
そしてなんとなく手で摘まめば、ぎちっと不安な手触り。……ん?


「ポケット入れてたら溶けちゃったんだよね、それ」

「げっ、溶けてるの知ってて渡したの…?!」

「さあ?」


くそう、楽しそうだなリョーマくんってば!……地味にくやしいぞ。


「リョーマくんの体温で溶けた飴って名目で誰かに売れるかなー」


わざとらしく意地悪全開で呟けば、ゲッと嫌そうに顔を歪める目の前の生意気少年。普段から余裕そうな表情ばかり浮かべているだけに中々レアなものを見れた気がしてちょっと嬉しい。意外と感情が顔に出るタイプなんだね。


「それはやだ」

「えー」

「じゃあお礼これでいい?」


そう言って差し出してきたのは飲みかけのポンタだ。
いやいやいや、お兄さん!「じゃあ」の意味がわかんないよ。
溶けかけの飴といい勝負じゃん!あんま変わらないじゃん…!


「それこそ高額取引に出品しますけど!」

「っ、あはは!それも勘弁して」


噴き出して笑うリョーマくんに目が点になる。
い、今なにか面白いこといったかな?
くしゃりと破顔してクスクス笑うリョーマくんをジッと見つめていれば、目があって更に楽しそうに笑われる。


……たぶんアレだな。
疲れすぎて逆にハイになってるやつ。
ドリンカーあるあるだ。

そう結論付けて、今はとにかく最高にレアなその笑顔を堪能することにしよう。そうしよう。



★5レベルの激レア笑顔



(お礼はそのスマイルでいいよ、リョーマくん)
(…うわ、なまえさんキザすぎ)
(へへっ)

----------------
リョーマ君かわいい!
そしてめっちゃ仕事できそうー!
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -