販売促進、略して販促。
簡単にいうと店前や駅でビラを配っているアレのことで、大抵はお店が空いている平日の夕方辺りにおこなうことが多い。

そう、まさに今みたいな時だ。


「じゃあ二人でこれよろしくー」


そして、今日はわたしがその販促要員らしい。
無情にも手渡された数枚のビラを前に、少しばかりしょぼくれる。

ビラ配りが嫌いとかじゃないけど、このお店の男性陣ってば販促に長けすぎてて自分が出向くとなるとちょっとプレッシャーなんだよね。
うおお、これは荷が重い…!


「なんじゃ、なまえ。随分と辛気臭い顔しとるのう」

「におー…。」


わたしと同じく本日の販促を任されたのが、この凄まじいイケメン。
同い年のくせに只ならぬ色気を持ち合わせている仁王雅治である。
これがまた立っているだけで女性客を引き寄せちゃう程の最強販促要員で、わたしのプレッシャーは尚更に膨れ上がる。


「はあ…。」

「ため息は幸せが逃げるぜよ」

「えっ、なにそれ仁王可愛い」


口の前に人差し指で作ったバッテンを持ってきて”お口ミッフィー”を体現しているその姿が可愛らしく、思わずそんなことを口走ってしまった。

仁王ってクールな見た目の割にこういう可愛いことするからギャップが凄すぎてもう…!
とまあ一人悶えていると、この状況を見兼ねたらしいブン太に「いいからお前ら早く行ってこいよ」と背中を押されお店を追い出されてしまった。

たしかにあそこで延々ああしてたらただの給料泥棒だもんね。
こうなったら頑張ってお客さん呼び込んでみせるぞ…!


「うっし!いざ出陣だ、仁王!」

「…ピヨ」



* * *



「居酒屋もしゃもしゃです!いかがで、」

「ええっ!お兄さん店員さんなの?」

「めっちゃイケメンじゃん!」

「よければ飲み来てくれんかのう?」

「え、行く!」

「全然行く!」

「ありがとさん、そんじゃあ店まで案内するぜよ」


……さ、さすがだ。
流石だよ仁王パイセン…!
わたしなんかビラもらってもらえればいい方なのに、あんなにもアッサリと!
まじスーパーリスペクト!すごいよ、仁王ってば!

店から少し離れた駅前で一人ポツンと佇みながらそんなことを思う。
きっとここに戻ってくるまでの道すがらでもう何組か捕まえるであろう仁王は暫く帰ってこないだろうから、この場はわたしが気張って頑張らねば…!

そう意気込んですうっと息を吸い込んだそのとき。


ポツ


「え、」


ポツ…ポツポツ


「………」


う、嘘でしょ…。
まさかの通り雨で濡れ始めた地面を眺め、がくりと肩を落とす。
くそう、出鼻を挫かれるとはこういうことかそうなのか…!

脳内でブチブチと愚痴を並べながら周りの人に習って屋根のある箇所へと移動すると、何気なくそろりと空を見上げてみた。


「(これは長引く感じかなー)」


落ちてくる雨粒の勢いにそんな予測じみたことを思う。
まあでも止みそうにないならとりあえずは走ってお店まで戻った方がいいかもしれない。
ビラもなんだかんだ残り二枚だし任務遂行になるはず!きっと!なんて自分を励まして、屋根のあるそこから一歩足を踏み出した。

しかしその次の瞬間――、


「ちょお待ちんしゃい」

「っ、うぉう…!」


不意に声をかけられたと思ったら同時に左腕を掴まれ、勢いづけていた体がぐいっとその場に押し留められる。うおお、転ぶかと思った!危なかった…!
バクバクと騒がしい心臓の位置を抑え、パッと振り向けばそこにはリスペクト真っ最中の仁王パイセンのお姿。


「…って、濡れると色気が倍増だね仁王パイセン」

「お前さんは変化ないのう」

「すみませんでしたね、平凡顔で」


むすっと頬を膨らませて言えば、くくっと楽しそうに笑う仁王。
怪しげな笑みだったりどこか癖のある笑みがスタンダードな仁王だけれど、不意打ちに見せるこの無邪気な笑顔はとても可愛い。

ブン太といい仁王といい女のわたしより笑顔が可愛いってどういうことだコノヤロー。


「ホレ、傘持ってきたからとりあえず店まで戻るぜよ」

「おおっ、ありがとう!…でも傘あったのになんで仁王濡れてるの?」


その綺麗な銀髪から滴る水滴を目で追いながら問いかける。


「早く迎え来んとなまえのことじゃからその身一つで店まで走ってきそうやき」

「うっ!」

「走るのに傘挿すんも邪魔やからそんまま来たんよ」


どこまでも的確な推理に押し黙っていると、傘を広げた仁王に「早く入りんしゃい」なんて促されたので素直にそれに従う。

……いやまあそれにしても。

「仁王と相合傘とか世の女性を敵に回しそう」

「くくっ、そりゃあ一大事じゃのう」

「あんな平凡顔の女が生意気ー!ってね」

「そうじゃな」

「ちょ、そこは一応否定しようよ!お世辞でもいいから…!」


じろりと仁王を見つつ言えば、口元を抑えてくくっと笑われた。

なんかわたし仁王に笑われすぎじゃないかな、今日。

なんてことを思いながら、わたしの方へと大きく傾けられているビニール傘をやんわり仁王側に押し返したのだった。



販促活動、一時休戦!

(ビラ2枚残っちゃったよー)

(貸してみんしゃい。――お姉さん、よかったら今度そこの居酒屋来てくださいー)

(秒速かよすごいよ仁王パイセン!)


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仁王くんとひとつの傘におさまりたいです。ガチで。
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