「ハァハァハァハァ!」

「ハァハァ、ハァ」

「ハァ、ゲホッ!」


ドSか。ドSなのか、白石蔵ノ介。
確かにジョギングコースを教えてくれとせがんだのは他でもないわたしだけれど…!
これのどこが「適度な有酸素運動コース」なのかまっっったく、わからない!まあ"有酸素運動"の意味からして大してわかってないけども!


「ハァハァ、なまえ先輩」

「ハァハァハァ、な、なに?」

「なんやさっきっから、ハァ、急斜面ばっかやないすか?」

「ごほっ、本当それ!なんなのこの、ハァハァ、鬼畜コース…!」


かれこれ30分近くは走っているけれど、さっきから行くとこ行くとこに地獄坂とも呼べるであろう急坂が待ち構えている。
今登っているこの坂で通算4つ目。

隣を走るテニス部レギュラーのひかるがここまで息を切らしてることからも、このコースが如何に過酷か伺えると思う。
もう体が悲鳴上げてるよ。絶叫だよ。
春の夜風で喉が痛いし、足も乳酸でパンパン!
あまりの鬼畜さを前に、ううう…!と情けない声が漏れるわたしと同様、ひかるの顔からも絶望感しか漂ってこない。

恐るべし、鬼畜聖書白石蔵ノ介…。


* * *



「ハァハァ、もう無理…!ハァ、」


蔵の直筆ジョギングマップもようやく終盤に差し掛かってきた頃だけど、わたしもうダメだ…。
足に力を入れようとしてもガクガク震えるだけで、思うように動かない。

するとそんなわたしの変化に気が付いたのか、スピードを緩めながら「歩きます?」と提案してくれた心優しきひかる。
ここで間髪いれず、お願いします!と頼み込んだわたしは悪くないハズ…!


「ほな歩きましょか」

「う、うん…。」


走った後は急に立ち止まるな、ゆっくり歩いてクールダウンしろ!っていつだったか体育で教わったことがある。
それに習ってゆっくりと歩き出せば、ひかるもわたしに並んでスローテンポで歩き始めた。

「あはは、ひかる試合の後より汗かいてる」

「そーゆうなまえ先輩こそ風呂上りみたいになっとりますよ」

「いやあだって…。あの坂攻めは鬼畜すぎたよ」

「せやかてあんなんジョギングコースでもなんでもないですやん、ただのイジメっすわ」

「それね!わたし心底蔵が怖くなったわ…。」


そこから数秒の沈黙が続き、ため息が同時に吐き出される。
「あ、ハモった」と思って隣に視線を向けると、疲れた顔でわたしを見ていたひかると目があった。うわ、汗だくのひかる萌える!


「…てか思っとったんすけど。なまえ先輩ダイエットなんてせんでええやないですか」

「え?」

「せやから。ダイエットせんでええですやん」


キョトンとして聞くわたしと、同じくキョトンとした顔で言うひかる。
突然のダイエットしなくていいじゃん発言に驚いて反応できなかったけど、すぐにハッとして口を開く。


「いやでもわたし最近太っちゃって!」

「太ってへんって」

「えっ、ちょ、いつもの毒舌どこいった?普段なら『面積取って邪魔っこいんではよ縮んでくださいー』くらい言うのに!」

「ものっそい似てないんで俺の声マネもどきせんといてください」


呆れた顔で呆れた声で呆れ果てたように言うひかる。
ちょっと呆れ過ぎじゃないかな、ソレ!
そう思ってじとーっとひかるを見つめてみるけど、あまりの格好良さにやられて数秒で断念した。ひかるの横顔まじ神様。


「掘り返しますけど、ほんっまにそのまんまでええと思います」

「え、なにひかる…。わたしのこと口説いてるの?そうなの?」

「ないです」

「そこは普段通りツン仕様なんだ…ってあれ?ここって…。」


何気なく辺りを見渡してみれば、偶然にも見慣れた近所のコンビニが視界に入ってきて驚いた。
宛てもなくゆったり歩いていたけれど、どうやらいつの間にか家の側の通りに戻ってきていたみたいで、ひかるも「あの通りここに繋がっとるんや」なんてちょっと感心してる。


「帰省本能が働いちゃった感じ?」

「さすがなまえ先輩、動物的本能はんぱないっすわ」

「むふ!じゃあもっと本能発揮させてひかる襲っちゃおうかな!がおー」

「襲い返してギッタンギッタンにしたりますよ」

「ひい…!」


怖い怖い!前に噛まれた古傷の部分を摩りながら一歩下がれば、嘘に決まっとるやんなんて笑われたけど。
うわあ、希少価値高めのスマイル素敵すぎる…!


「ちゅーかアホしとる間に着きますよ、なまえ先輩ん家」

「あ、ほんとだ!」

ひかるの言うとおり、先の方にわたしの家が見えてきた。
ちなみにわたしの家からひかるの家までは意外と近くて、このまま真っ直ぐ数分歩けば財前家に辿り着ける。
でもこの場合、通り道だからっていうのもあるけど家まで送らせてしまったみたいでなんだか申し訳ないなぁ、なんて。


「…よし、送ってくれたお礼にちゅーしようか」

「いや、ほんま遠慮しときます」

「ええええ!」

「こっちがえええっすわ。そんなんどう考えてもいらん特典ですやん」

「お、乙女心に500のダメージ…!」


言葉のはかいこうせんに、がくっと肩を落としながらネガティブオーラを撒き散らしていると、如何にもめんどくさそうにしていたひかるが何か差し出してきた。


「え、なにこれ?……酢こんぶ?」

「おん、それあげますんでそのネガティブオーラしまってください」

「う、うん?なんかよくわからないけどありがとう?」


疑問系で返せば、何故か清々しい表情を浮かべたひかるに微笑まれた。
のちに知ることになるけど、どうやらこの酢こんぶは千歳がひかるに無理矢理あげたものらしく、本人は好きでもないそれの処分に困っていたのだとか。

まあわたしはひかるからもらえるならなんでもウェルカムだからいいんだけどね…!
この酢こんぶも生涯保存版だよ!


「むふふ!」

「…ほな俺行きますけど、明日善哉忘れんといてくださいよ」

「うん、任せて!絶対持っていくから!今日は付き合ってくれて本当ありがとう!」

「おん、じゃあまた明日」

「また明日ねー!気をつけてー!」


遠くなって行くひかるの背中にぶんぶん手を振る。
ドラマのヒロインの如く見えなくなるまで降り続けるからね…!
曲がり角とかなくて本当にこの道を真っ直ぐ行くわけだから、意外と長い間振ってたみたいでひかるが見えなくなった頃には腕に乳酸が溜まりまくっていたのだけれど。
あいたたた。


(そうだ!明日手作り善哉持って行こうかな!)
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ヒロインの変態ぶり控えめでした!
この子から変態を取り去ると何も残らない気がする…!
本当にただただ平凡な子!(笑)
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