財前きゅんと関東遠征1



部室でスコアノートを纏めていた時のことだった。


「なあ〜?なまえちゃんてひかるのこと大好きやんな〜?」

「……へ?」

突然の恋バナに、思わず目を見開く。
ノートから視線をあげて目の前の小春ちゃんを見れば、聞いた割に答えは必要とされていなかったようで「そんでなー?」とテンポ良く話が進行する。


「あたしふと思ってん!」

「う、うん?なにを?」

「なまえちゃん、他校やったら誰がタイプなん?」


口元に手を当て、楽しそうに笑みを浮かべる小春ちゃん。
でも、ちょっと待とう!ちょっと落ち着こう!ここは部室で、周りには着替え途中のみんなもいる。

つまり、その話をここでするのは結構恥ずかしい…!


「ええっと」

「やっぱ跡部くんとか?」

「まあ跡部君はね、かっこいいけども…。」

「ちゃうの?あっ、じゃあ丸井くんとか!」

「………。」


図星を突かれ、苦し紛れに口を閉ざす。
さすがはベストフレンド小春ちゃん。付き合いが長いだけのことはある。好きなアイドルや俳優の話をしていくなかで、わたしの好みは完璧に熟知されているらしい。

スコアノートで顔を半分隠して部室を見渡すと、やはり何人かは会話が聞こえていたようで目が合えばニヤリとほくそ笑まれた。その顔やめろ一氏。


「おーい、入るでー!まだ全員居るかー?」

ビミョーな空気の漂う中、勢いよくドアが開かれたかと思うと我らが顧問オサムちゃんが現れ、颯爽と部室中央へと足を進める。


「……ん?んん?!」

そんな中、ふとオサムちゃんが持つ数冊の薄い冊子に気付き蔵を見れば、同じくあっちもわたしを見ていて。その表情が少しばかり引き攣っていることから、きっと互いに同じことを危惧したのだと悟る。

いや、だって、うん。
前にもあったよね、こーいうの。
連休の前に突然オサムちゃんが「旅のしおり」的な冊子を持って現れて……、


「すまん!伝えるん遅なったけど明日からの連休関東行くで!」

「で、デジャブ…!」

「元々部活の予定やったし都合が合わん奴居らんよな?」


誰の目も見ようとせず、ひたすら陽気に話すオサムちゃん。
反論する者はいない。みんなわかっているからだ。反論したところで、聞く耳持たずのオサムちゃんは集合時間を一方的に伝えドロンしてしまうということを。

……はあ、こうなったら仕方ない。
早く帰って荷造りしないと…。


「今回は夜行バスやからこの後23時に門のとこ集合な!なっ!」


ひらりと手を振って部室を後にするオサムちゃんに、ほんの少しばかりの殺意が芽生えたのはいた仕方ないことだと思う。これくらいの邪心は許してくれ。


「なんっっでオサムちゃんは毎回こう唐突やねん…。」

「やっぱり蔵も聞いてなかったんだね…。」

「知っとったら事前にみんなに伝えとるって…。」

顔を見合わせ、ふたりして大きく肩を落とす。
そしてそれと同時にとても大切なことに気付いてしまった。


「そ、そうだ!持ってくボトルとか纏めないと!」

「どうせオサムちゃん時間まで職員室待機やろ?頼んでまえ!急な展開にした罰や!」


言った謙也が素早くスマホを取り出して画面をスライドする。どうやらオサムちゃんに直談判してくれるらしい。持つべきものは行動力のある友達だ。ありがとうスピードスター!


「ほんなら俺らも早う帰って準備せな!なっ、小春!」

「せやね、ユウくん!」


ふたりのその会話を合図に、それぞれが帰路に着くため鞄を手に持つ。
例に漏れずスクールバックを肩に掛けて帰り道が一緒であるひかるの姿を探せば、すでに部室の敷居を跨いだところだったので焦ってその背中を追いかけた。


「ひかる!一緒に帰ろー?」


追いついた背中に声をかける。
けれど、待てど待てどひかるから返事が返ってこない。
あ、あれ?もしかして聞こえてない?イヤホンしてるとか?


「ひかる?…って、イヤホンしてないじゃん!」


小走りで前に回り込み耳元を見ると、予想に反してそこにイヤホンはなかった。
てことはあれか。聞こえてなかったパターンだ!
そう判断してもう一度「一緒にいい?」と問いかける。…が、返事はない。加えて、一切目も合わない。


「えっ、ひかる?」


挙句の果てにスッと横を通り抜けて行こうとするので慌ててテニスバッグを掴むと、ゆっくりこちらを振り向いたひかるがハアと大きく溜息を吐いた。
なんだろう。どうしたんだろう。
なんだか、いつものひかると違う。


「あの、」

「はよ帰って準備せなアカンのとちゃいます?」


ようやくひかるが口を開いてくれた。
それだけですっごく安心して、テニスバッグを掴む手の力が緩む。


「うん!ほんとオサムちゃんてば突然だから!」

「そーですね」

「でも関東の方行くの久々だし楽しみだねー!」

「そーですね」


張り詰めた空気をどうにかせねばと必死に話しかけるけれど、ひかるから返ってくるのは「そーですね」のたったひとこと。わたしはタモさんか。今は亡き某お昼番組でのやりとりを彷彿とさせる。


「あっ!そういえば関東って言ってたけどドコと練習するんだろうね?」


ふと疑問に思ったことを口に出せば、制服のポケットからiPodを取り出したひかるが淡々とそれを装着し始める。
え、あれ…?わたし遮断される感じ?
「うるせーよ」を体言してる感じ?

右耳を塞ぎ、次に左耳へとイヤホンを持っていくその動作を黙って見つめる。
すると両耳が塞がれる直前、視線だけでわたしを見るとポツリと小さく呟いた。


「…丸井さんに会えるとええですね」


それだけ言い捨てると今度こそ両耳を塞ぎ、少しずつ遠ざかっていくひかるの背中。


人の行き交う大通りのド真ん中、頭の中が真っ白になった。


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関東遠征編、続きますー!
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