今日は珍しく軽い荷物を任されたので秋風が頬を撫ぜる心地よい気候の中、カモメの姿でスイスイと空を進んでいた。
目的の島まであと少しだし、順調順調!
「うーみーはー広いーなあ、大きいぃな〜」
気分よく歌なんかも歌っちゃったりして、警戒心に欠けていた。
今思えば、そんな風に浮かれていたのが悪かったのかもしれない。
―――ビリッ
「ひっ…!」
いきなり空気がビリビリと震え出したかと思えば、全身が粟立ち意識が遠のいていく。
身体が嫌な浮遊感に包まれていく中、微かに耳へと届いたのは自身が奏でる風を割くような落下音。どうしよう、このまま海に落ちたらわたし…――。
そこまで考えたところでプツン、とあっけなく思考が途絶えた。
* * *
「……あ………だろ!」
「……て、…い」
男の人の、声…?
「んっ、……ん?んん?!」
霞む視界をどうにかしようと何度もパチパチ瞬きを繰り返すうちにようやく目が慣れ、その慣れた目で捉えた現実に思わず仰天。
これはいったい…!
「鳥は焼鳥が一番だろ!シンプルイズベストだ!」
「待て待て!俺がやる!もっとシャレオツな料理にしてやるから任せなさい!」
「やめろ、俺の前で鳥を調理すんじゃねェよい」
聞こえてくる会話も末恐ろしいけれど、まず第一に止めるべきは目の前の半裸のお兄さんで間違いない。その手から出てる火をどうにか沈めてください…!
焼鳥なんて冗談じゃない!焼かれてたまるか…!
「ちょっと!離してください!」
「わかった、皮と砂肝は焼鳥にしよう!それ以外はサッチに任せるからよ!」
「うしっ!それで決まりな!そんじゃ早速キッチンに、」
「待って!やだ!食べないで!」
コック服を着ている男の人の腕の中でジタバタと思い切り暴れるも、一切聞く耳持たずな二人に徐々に涙が滲んできた。
やばい、このままじゃ本当に殺られる…。
絶望の淵に立たされて放心していると、不意に何か冷たいものが頭部に当たるのを感じ、同時にふにゃりと全身の力が抜け落ちる。
この激しい倦怠感はまさか―――、
「海楼石?」
力が入らないまま小さく呟くと、先ほどまで騒がしかったその場がシンと静まり返っていることに気が付いた。
あ、アレ?この2人の鳥料理談議はどうなったの…?
「見ろよい、こいつは人間だ」
コック服の人に寄りかかるようにしてしゃがみこんでいるわたしに手を差し伸べてくれたのは、最初に調理を反対していた奇抜な髪形の彼だった。
その手にはネックレスのチェーン部分が握られていて、どうやらペンダント部分が海楼石になっているらしい。
つまりはこの人がこの事態の収拾者であり、命の恩人というわけだ。
「あっ、ありがとうございます…!ほんとにもうダメかと思いました!」
半泣きで頭を下げると、「俺らの方こそすまなかったよい」だなんて大人な対応をされて更に涙腺が緩む。な、なんていい人なんだこの人!
「サッチ、エース」
感動に浸っている中、幾分低い声が聞こえたと思えば鳥談話に花を咲かせていたコンビが顔を青くさせて素早くその場に正座した。
ふたりはこれ以上ないくらいに気まずそうな表情でわたしを見ていて、ちょこーっと良心が痛む。や、でも別にわたし悪くないし…。でもこのふたりを助けられるのはこの場ではわたしだけ、だよね…。
「…あの、」
「本当にごめん!まさか空から降ってきたカモメがこんな可愛い子チャンだと思わなくてよォ!あ、もしよければ違った意味で今夜食っちゃっても、いでえ!ちょ、マルコお前今まじでやったよね?!いってえ!」
「…お前、名前は?」
「えっ、なまえです」
「じゃあ、なまえ!」
「は、はい!」
「俺はエース。さっきは食おうとしてまじでごめん!何か喋ってるのはわかってたんだけどそういう類のカモメもいるもんかと思って…、ほんっとーに悪かった!」
ガン!と床とおでこがぶつかり合う音に、つい顔が歪む。
だって、痛そう。何今の痛々しい土下座音…!
思わず傍に寄って顔を覗き込もうとすると、バッと勢いよく顔を上げたその人と一気に距離が縮まった。もちろん、物理的な意味で。顔と顔がち、近い…!
「そうだ、なまえ!お前何か荷物落したろ?」
「!、そうだ!お届け物!お届け物がない…!」
顔が近いだなんだで頬を染めてる場合じゃなかった!
預かり物を失くすだなんて言語道断、会社の信用問題に関わってしまう。
急いでその場から立ち上がると、キョロキョロと辺りを見渡し出口を探す。
「ちょ、ちょっと待て!落ち着け!」
「でもあれはお客様からの預かり物で…!」
「親父の覇気に中てられたお前と一緒に小包が落ちてきた!きっとそれだって!…な?だから少し落ち着けよ」
両手首を掴まれて、ぐいっと床に膝を着いた。
そのまま小さく安堵の溜息を吐けば、恩人さんが隣に腰を下ろして困ったように笑う。
「そうか、お前物運びの仕事してんのかよい」
「そうなんです!ニュース・クーの宅配員やってまして…。」
「へえ!そりゃすげェななまえちゃん!」
「へへっ!ありがとうございます!…てなわけでわたし行きます!行先の島まであと少しなので早く届けないと!」
へらりと笑顔で言って、足を踏み出す。が、なんだろうこの違和感。
明らかに力が入らず、よろりと身体が傾くではないか。
…え、まさかまだ海楼石の余韻が?
「言っただろい、親父の覇気が直撃してんだ」
「覇気…。」
その場にへたり込んで、恩人さんの言葉を繰り返す。
すると、一拍置いてなんとも溌剌に名前を呼ばれた。
言わずもがな、発信源はエースさんだ。
「なんです、んがっ!」
生気なく振り向けば、容赦なく飛びついてきたエースさんにこれまた容赦なく押し倒されて一瞬呼吸が止まるかと思った。
「俺いいこと思いついたんだけどよ!」
「げほっ!ごほっ!」
「一緒に行けばいいだろ、その島!」
「えっ?!」
「だから!その島まで俺らと行こう!」
ぺかーっとこれ以上ない笑顔を浮かべるエースさんを前に、ぽかんと開いた口が塞がらなかった。
……え、それ本気で言ってます?
(もし親父に反対されても俺がストライカーで届けてやるから安心しろ!なっ!)
(す、ストライカー?)
------------------
20161012
白ひげ海賊団やっぱり最高です(^^)
天真爛漫エースが書きたいぃぃ!