「先生ー、保健委員の活動でポスター作るんですけどここでやっちゃダメですか?」
ドアから控えめに顔を覗かせると、保健室特有の薬品の匂いがふわりと鼻を掠める。
「全然ええよ〜。そしたら私ちょっと留守してもいい?」
「はい!お留守番しときます!」
「ほな上戻るからなんかあったら呼び来てな」
美人保健医である三松先生はそれだけ告げると、忙しそうに二階の職員室へと上がって行ってしまった。
……いやあ、兎にも角にも寒い教室での作業を免れられて一安心!
軽い足取りで窓側に備え付けられたソファに腰を下せば、その座り心地の良さに更に気分が高まった。ほんっっと保健委員って最高だ。
「よーし!まずは下書き、っと」
そう意気込んでシャーペンを取り出すも、窓辺ということもあってか外から差し込んでくる夕日が少しばかり眩しい。
どうしよう。カーテン閉めてもいいかな…?
短く悩んで顔を向けると、その向こうに見えたあり得ない光景に思わず目玉が飛び出るかと思った。
「ちょっ!なにやってんですか財前先輩!」
急いで窓を開けて叫ぶと、ふわりと放られたトスは再び手元へと戻っていく。
ていうか今保健室にサーブ打ち込もうとしてましたよね?思いっきり豪速球の打とうとしてましたよね…?!
「壁打ちしようとしただけやし」
「今のは壁打ちのモーションじゃなかったです!確実にサーブ繰り出そうとしてましたよね!」
「はあ?俺ええ子やからそんなんしませんー」
にやりと笑い、ゆったりと近づいてくる財前先輩。
どこがいい子なのか皆目見当つきません、なんて言ったら引っ叩かれるだろうから心の奥に留めておくことにするけど先輩がいい子とかありえない。
「……で、部活はどうしたんですか?」
「時間空いたから壁打ちしよー思てたらみょうじ見っけてん」
「わたしを見つけたからってなぜサーブをぶち込もうと思ったんでしょうね!」
あんたは加虐心の塊か!と眉を吊り上げて少し口調を強めれば、余計に楽しそうに笑われて心が折れた。わたしなにもおもしろいこと言ってないです。もっと真摯に受け止めてください。お願いします。
「そんな必死になるほどビビったん?」
「ちっとも微塵も一ミリたりともビビってないです」
「あーはいはい。怖がらせてもうてごめんなー?」
小馬鹿にするような表情。
からかいを含んだ声色。
腹立だしい要素はきっちり揃っているはずなのに、小さい子にするみたいに優しく頭を撫でられた瞬間、ほっぺがぶわあっと熱くなるのを感じた。
……だめだ、わたしこれに弱い。
そう実感した直後、財前先輩の切れ長な瞳が驚きの色を浮かべる。
「オカメインコ」
先輩の口から出た謎の単語に、今度はこっちが驚いた。
えっ?なに?今オカメインコって言いました?
「あの…?」
「さっき、」
「さっき?」
「4限始まる前、会ったやろ。あん時もその顔しとった」
目を細めた先輩にジッと顔を見られて、少し息苦しい。
ワザとらしくならないようにそーっと顔を背けるも、追いかけるようにして顔を覗き込まれて更に息が詰まる。ちょ、ちょっと近いって。距離感おかしいよ先輩…!
「なあ」
「は、はい?」
「あれ何考えとったん」
漠然とした問いかけに、一瞬ハテナが浮かぶ。が、話の流れを思えば財前先輩がどの時間軸でのことを指しているのか探し当てるのは容易かった。
宝林寺先輩が笑顔で手を振ってくれた、あの時。財前先輩がしかめっ面で手を振らされていた、あの時。
如何にも対照的なふたりを前に何を考えたかって?
「それは…、」
やっぱり宝林寺先輩ってイケメンだな、とか。爽やかな笑顔がたまらないなあ、とか。背も高いし体系もドストライクです、とかエトセトラ。ひたすらそんな煩悩に塗れた思考を巡らせていたのだけれど。
だけど――、だけどもしも。
宝林寺先輩か?財前先輩か?
そんなとてつもなく贅沢な選択肢があったとしたら?
なんてまあ本人たちに知られたらボコボコにされること確実であろう何処までも上から目線な妄想を一瞬で展開してしまった。いや、だってイケメンが並んでたらそーいうの考えちゃうじゃん…。魔が差すじゃん…。
――でもってその時ふと浮かんだ答えが、
「(柔らかい笑顔を振りまいてくれる宝林寺先輩よりも、その横でやる気なく手を振らされている財前先輩の方かなあ)」だったものだからひたすら自分がわからない。
ああ、わたしってばどうしちゃったんだろう…。
財前先輩なんてただのいじめっ子なのに。
イケメンverジャイアンのはずなのに。
オカメインコと比喩されるほどに頬を染めた自分の姿を思い浮かべて、ひたすら頭を抱えたくなった。
(みょうじのくせに何を生意気に黙秘しとんねんオイ)
(自分が怖い…。)
(はあ?)
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どうにか理由付けしようかとも迷ったんですけど、本人もよくわからないまま惹かれていくっていうのもいいかなーと^^;