お昼休みまでの道のりはまだまだ長い。
まず秋学期開始日早々にフルで授業があるなんて鬼畜だ。
鬼畜すぎるぞ、我らが四天宝寺中学校…!
数式を解きながら四天宝寺の授業カラキュラムへと不満の念を飛ばしていれば、再びコツンと例の彼に肘がぶつかってしまった。
あ、と思って手元を見てみると公式の書き途中だったのだろう。
X=YのYがぐにゃりと不格好に綴られている。
「………」
「そ、そんな睨まれても」
小さく零せば、ふいっと無言でノートへと向き直る財前くん。
そういえば次ここの応用問題当てられるもんね。
既に練習問題を当てられ終えて余裕のあるわたしは問題集への意欲もそこそこに、ノートの端へとニャンコの落書きなんかをしてみることにする。
するとまあお約束とでもいいますか。
またもや軽く腕をぶつけてしまった。
何にぶつけたかって?勿論お隣の財前くんに、だ。
やばい、これは落書きなんぞをしていたわたしに確実に非がある。
財前くんがゆるりとこちらに顔を向けた瞬間、咄嗟に謝らせて頂くことを決意した。
「あの、今のはごめん財前くん!」
「…お前数学得意なん?」
「え、……え?」
てっきり先ほどの二の舞で俺様何様財前様のお説教が始まるものだとばかり思っていたのに、予想に反して彼の口からはわたしに向けた疑問文が飛び出してきたではないか。
思わず目を点にして静止していると、財前くんがスッと手を伸ばしてわたしの机からノートをかっ攫っていった。
「もうほぼ解き終わっとるやん」
「う、うん。まあ一応だけど」
「ほなそろそろ当てられとったやつ前出て黒板に回答書いてー。途中式までしっかり頼むでー」
数学の先生がそう言ったかと思うと、財前くんの顔がゲッと微かに歪む。
…なんだかなあ、イケメンって顔を歪めてもイケメンなんだね。
そんな表情でさえかっこよく見えるなんて本当にズルい生き物だと思う。
そう思いながら財前くんの顔をガン見していると、緩く握った拳が目の前に突きつけられた。な、なんだろうこの拳は?
「このノート貸して」
「へ?」
「おーい、財前!ここの応用当たっとんの自分やろー?はよ前来て解いてやー」
「すまん、今こんなもんしかあらへんけど手ーうって」
先生に名指しを食らった直後、ゆっくりと立ち上がった財前くんが拳を解いて机上に4つの飴を散らばすと、ノート片手に黒板へ向かってだるそうに歩いていった。
…そんなノート貸すくらい全然いいのに。律儀に飴とかくれちゃうあたり、言う程の俺様何様財前様というわけでもないのかもしれない。
そんなことを考えつつ、回答を黒板に書き写す財前くんの背中を何気なくぼーっと見つめてみる。
すると、ふらりと彼の背後に近づいた数学担当の先生が財前くんの手元にあるわたしのノートを徐ろに覗き込んだではないか。
そして、次に聞こえてきた言葉に思わず耳を疑った。
「なんや財前。えらく可愛らしいもん書いとるな」
「…はい?」
「ほれ、これやこれ。……ブタのキャラかなんかなん?」
「(なっ…!)」
ぶ、ブタじゃないんですけど!
それニャンコちゃんなんですけど…!!
先生の失言にむすっと顔を顰めると、こちらを振り向いた財前くんがわたしの顔を確認するや否や笑いを堪えるように口元に手を当てたのがわかった。
ひ、ひどい!財前くんまで…!
「っ、ちゃうみたいですよ」
「みたい、て。なんや人事やな」
「はあ、まあ。…ほな書き終わったんで席戻ってええですか」
「あ、おん。ええで」
先生とのやり取りを終えた財前くんが今度はニヤリ顔を一切隠しもせずに、行きと同様ゆっくりとこちらへ戻ってくる。
その表情を視界に入れた周りの女の子達がキャーキャーと騒いでいるけれど、わたしとしては恨みがましい視線を送るのが最優先。
よくもわたしのニャンコを笑ってくれたな財前くんめ…!
「これ、ブタやって」
「ぶ、ブタじゃないし!」
「知っとる」
「え、」
「猫なんやろ?」
そう言って楽しそうに笑う財前くんを前に、若干の動揺を覚えたわたしは大きく頷くことで返答を伝えるしか術がなかった。
べ、別に他意なんてなくって財前くんのナチュラルな笑顔を初めて見たから少しだけ動揺した、ただそれだけのこと。
そう、それだけのことに決まってる…!
(まあ周りに「ニャー」て書いて消した跡あったからわかっただけなんやけど)
(な、なんだ…。)
(自分、絵心皆無すぎやろ)
(ひ、ひどい財前くん!)
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お礼に飴くれる財前くんとかいいなあ、と思いまして!