「よっし、あとは日誌出したら終わりだね!」
クラスメイト達が続々と教室をあとにする中、声を弾ませて言ってみれば「せやな」と呟いてシャーペン片手に日誌のページを捲り始めた財前くん。
てっきり今から職員室に日誌を提出しに行くものだと思っていたため、財前くんのその行動に思わず疑問符が浮かび上がる。
そして、何気なく手元を覗き込んで驚愕した。
だ、だって!だってさ…!
「え、ちょ、白紙…!」
そう、今日分のページがキレイサッパリ白紙だったのだ。
その思いもよらぬサプライズにギョッと目をひん剥けば、若干バツが悪そうにこちらに視線を寄越した財前くんがポツリと一言。
「こういうん最後にまとめて書く派やねん」
ですって。
うおおお、まじか財前くん…!
……でもまあ、日誌担当は全面的に財前くんなわけだからここはまるっと任せてわたしは一足先に失礼してもいいってことだよね、うん、それだ。
「えっと、じゃあ後はよろしくね財前く、んぎゃあ!」
少々薄情な台詞だと自負しつつ学生鞄を肩に掛けるも、物凄い力で鞄を引っ張られ思わず変な声が出てしまった。
もちろん、犯人は目の前に佇むピアスマンである。
「ちょ、痛い!痛いんですけど、財前くん!」
「みょうじが勝手に帰ろうとするからやろ」
「だって日誌は財前くんの担当じゃ、」
「どの授業でどんな内容やったとか一々思い出すんダルいねん。記入はやるから内容言ってってや」
カチカチとシャーペンをノックした財前くんがそう言ったかと思うと、左手に持つシャーペンで軽くページの一箇所を指し示した。
ええっと、…欠席者・早退者・遅刻者?
「ほな、どーぞ」
「え?」
「せやからこの欄から埋めるからはよ言うて」
「う、あ、はい」
どうやら先ほど財前くんが提案した役割分担は、もはや提案ではなく既に決定事項だったらしい。
あまりにもナチュラルに話が進んでいくものだから、反論する余地もないままつい首を縦に振ってしまった。
な、なんなんだろう財前くんのこの支配力…!
抗えなかったよ!拒否権なんてあってないようなものだったよ!
く、くそう…。これもイケメンパワーかそうなのか。
「…えーと、欠席は兼本さんと水谷さんかな」
なんだかもういろいろと諦めて聞かれていることを素直に答えれば、財前くんによってその名が紙面へと綴られていく。
かく言うわたしは特にすることもないのでその様子を黙って見つめていたのだけれど、ふと財前くんの手がぱったり止まってしまったことに気がついた。
どうしたんだろう?
まさか「シャーペン持つん疲れたわー」とか言い出すんじゃなかろうな、財前くん…!
……ちょっとありえそうなところが怖い。
「財前くん手が止まってるよー」
「………知らんねんけど」
「え?」
「俺こいつらの名前知らんわ」
そう言って、それぞれの苗字の後ろをトントンと叩く財前くん。
どうやら日誌の欄はフルネームで埋める仕様らしく、それぞれの名前があるべき場所は空欄になっている。
…ああ、そういえば最初の頃わたしの名前も知らなかったもんね。
今思い出してもあの時の財前くんは本当失礼だった。
「ほんで?下の名前は?」
頭の中で過去の財前くんにむかっ腹を立て始めていたところ、そんな質問が飛んできたので慌ててふたりの下の名前を記憶の引き出しから探し出す。
えーっと、確か…、
「兼本さんが”みさき”で水谷さんが”ゆうか”」
そう伝えると、再び財前くんの手が動き始める。
ちらりと手元を覗き込めば、そこには平仮名表記のふたりの名前。
……いや、まあ、フルネームはフルネームだしね。
漢字で書く指定とかはないから別にいいと思う。
「ほな、次ここ」
「えーっと、そこは――――」
* * *
あれから更に十分ほど、今日の授業内容を思い出したり一日の感想を述べたりと結構頭を使いながらもしっかりと役割を全うした、と思う。
うん、よく頑張ったよわたし…!
ナイスガッツだった!
「ほんならこれ職員室まで出し行かな」
「うん、そうだね…、ってここ埋まってないよ、ここ!」
「え、ああホンマや」
今日の日直担当の欄が空いていたので慌てて指させば、片付けようとしていたシャーペンを再び取り出し、サラサラと軽快に紙面を滑らせる財前くん。
一方で何気なくその光景を眺めていたわけだけれど、書き終わったそれを目にして驚いた。
激しく驚いてしまった。だ、だって…!
「わたしの名前、書けるんだ…!」
ポツリと呟いたわたしの視線の先には、フルネームで綴られた二人分の名前。
しかもしっかりと下の名前まで漢字で書いてくれている。
……え、なんだこれ。ちょっと嬉しい。どうしよう。
そんなことを思ってちらっと財前くんに目をやれば、僅かに目を見開いた彼と視線がかち合った。
「…や、ちゃうねん」
「え、ちょ、どうしたの財前くん!なんか段々顔が赤く、」
「っ、うっさいわアホ!」
がたっと席から立ち上がった財前くんがそんな暴言を吐いたかと思うと、ぷいっと顔を背けながら入口に向かって早足で歩いて行ってしまうではないか。
その姿を席に座ったままぽけっと眺めていれば、不意に眉を寄せた財前くんがこちらを振り向いて「はよ行くでドアホ」だなんて一言。
ええ…、なんで急に不機嫌モード?
(ねえ、財前く、)
(ホンマにちゃうからな、…ホンマに)
(いや、あの、何が”ちゃう”なのか全然わからないんだけど…!)
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他の女の子の名前はわからなかったのに、ヒロインの名前は無意識にさらさらっと書けてしまった財前くん。
本人も指摘されて始めて気付いて激しく照れてたりしたらいいなあ、と!(笑)
なんかもう照れ隠しでひたすら「ちゃうわ!」とか言ってたら撫でくり回したくなります…!