となりっこ | ナノ




「ねえ、財前くん」

「…なん」

「あのさ、次の号令財前くんが言って」


古文の授業の終わり間際。
コソコソと耳打ちすると、財前くんが盛大に嫌そうな表情を浮かべた。


「俺日誌書くからみょうじ号令でええって言うたやん」

「や、うん、そう言ったんだけど…。」


視線を明後日の方に向けてモゴモゴと言葉を濁せば、怪訝そうにわたしのことをガンつける財前くん。

いやあ、まあ朝のホームルームが終わって日直の役割分担を決めてる時は別にそれでよかったんだよ。むしろ全然問題ナッシングだった。
だけどひとつひとつ授業が終わるにつれて周りのガールズから凄まじい視線が送られてくるものだから、状況はガラリと変わったのである。


ガールズの視線の意味合いを簡単に翻訳するならこうだ。

”号令という短い単語でもいいから財前くんの声を聞きたい”


わたしはこの視線を最後の最後で見て見ぬふりすることが出来なかった。
しかし今はもうラストの授業だし、ここまで粘ったわたしを褒めてほしい。
役割を全うしようと心身を削ったわたしを崇めてくれ、まじで。


「最後だけ!この授業の号令だけでいいから…!」

「声張るんダルいねんけど」

「そこをどうにか!わたしのメンツを立てると思って!」

「そんなもん誰に立てんねん」

「このクラスの女子軍に」


更に嫌そうな顔をされてしまった。
そこをなんとかお願いだよ頼むよ財前くん。
へこへこと頭を下げて引き続き交渉を試みれば、クルンとペンを一周回した財前くんがふとニヤリ顔でわたしの顔を見た。
ええ、なんだろうこの意味ありげな顔…!


「ほな、みょうじが差し入れくれるんやったらええで」

「差し入れ?」

「おん、今日の部活ん時差し入れ持ってきてや」

「…げえ、まじか」

「嫌やったら俺もやらへん」

「うっ……わ、わかった!差し入れするよ」


差し入れを買いに一旦学校を出るのが少々面倒だけれど、それで号令を引き受けてくれるなら女子軍からの鋭い視線や反感の意からも開放されるわけだし、飲むしかないよねこんな好条件。
そう判断して渋々首を縦に振れば、「期待せんと待ってるわ」なんて憎まれ口を叩かれてしまった。

くそう、完璧に財前くんペースだよこれ…!
そんなことを思ってジトリと隣に視線をやるも、思いのほか財前くんが柔らかい表情を浮かべていたものだから驚いた。


「う、わ…。」

「は?うわってなんやねんコラ」

「え、や、財前くんって普段刺々しいのに、」

「生意気に喧嘩売ってるんやな買うで」

「違う!断じてそういう意味ではございません!」


スッと目を細めた財前くんはいつもの刺刺verに戻ってしまっていたけれど、さっきの財前くんは空気がほんわかしてて本当柔らかだった…!
普段からイケメンな財前くんがいつも以上に…か、かっこよかったなあなんて。
………って、何考えてるんだわたし!
恥ずかしい!今のは恥ずかしすぎる!


「なあ、みょうじ」

「うおぅ!な、なに!」

「板書、お前ノート1ページ以上追いついてないで」


喋りに集中しすぎやアホ、と続ける財前くんの言葉に呆然とした。
うおおお、まじか!やっちゃったよ!まじでアホだわたし!
事の重大さに気づいて急いでペンを取るも、教卓前に立つおじいちゃん先生がゆっくりとこちらを向いて静かに教科書を閉じてしまった。


「ほな、今日の授業はここで終わりにしよか」


その言葉を聞いて一気にやる気スイッチが切れる。
…や、まあ後でしょこたんに写させてもらえばいいもんね。
とまあ自己完結させれば、何やら感じる複数の視線たち。


そこでようやくハッとする。
女子のみなさんがラストチャンスとばかりにこちらの様子を伺っているのに気づいてしまったのだ。


そんな状況に耐え切れず、ギュッと口を噤んで控えめに財前くんの方を見れば「わかっとるわ」と小さく一言返ってきたものだから、少しずつ肩の力が抜けるのを感じた。


「…気をつけ、礼」


財前くんが発したやる気のない声色での号令の後に続いたのは、男子達の「ありがとうございました」という低い声と、女子達の喜びを含んだ黄色い声の数々。
そんなこんなで騒がしくなる教室の中、よくわからない緊張の糸が緩んだわたしはべたりと机に突っ伏し、頬に感じるノートの冷たさにホッと息を吐いたのであった。


うん、本当に恩に着るよ財前くん…!!!!


(そういや財前くんに差し入れって何がいいんだろう?……たしかアンコが好きなんだったっけ?)

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財前くんの口から直接「差し入れ持って来い」って言われたいです!(興奮)
喜んでいろんなもの買い占めて行きますよね!(笑)
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