「ぎゃあ!こっち来よった!」
「ちょお、男子なんとかしてや!」
「無理に決まっとるやろ!こんなデカ物!」
「せ、先生も無理やで!こういうん苦手やねんホンマ!」
授業中だっていうのにギャアギャアと賑やかな教室内。
そして、騒ぎ立てるみんなの視線の先には一匹の蜘蛛。
そう。こやつこそが現在の騒動を引き起こしている主犯なのである。
「うわあ、ほんとでっかい…。」
身を乗り出すことで視界に捉えたそれに小さく感想を呟けば、前の席に座る友達が「な!あれはアカンやんな!」と興奮気味にこちらを振り向く。
でもってそのまま財前くんの方に視線をやったかと思えば、ほんのりと頬を赤くして急いで前へと向き直ってしまった。
おおう、イケメンパワーよ恐るべし…!
「…なんやその目」
「いやあ、財前くんてば罪な男だなーと思って」
眉を顰めてこっちを見る財前くんにしみじみと返せば、訳がわからないと言いたげに眉間に刻まれたシワがさらに深まったのがわかる。
まあでも事実だしね。嘘は言ってない。
凛としながら財前くんを見つめ返すと、「そのドヤ顔うっとい」と軽く肘で小突かれたので少し大げさにリアクションをとってみた。
「おお、痛!いたたた!」
「嘘言うなや。そんな強くやってへんわ」
「いやいや、超痛いよこれ!あいたた!」
「……」
「うわ、シカトか財前くん」
「いや、みょうじよりも今その足で踏んづけよった蜘蛛の方が痛かったんやろなあって考えとった」
「……え?」
「せやから、蜘蛛。踏んだで」
しれっとわたしの足元を指差す財前くんを前に、ピキっと体が固まる。
え、いや、だって蜘蛛ってさっきの…?
あのでっかくてみんなが恐怖に慄いていたあの蜘蛛?
そ、それをわたしが踏ん、だ…?
「ぎゃあああ!え、やだ!ごめんなさい!ワザとじゃないんです本当!」
思わず声を大にして謝罪の言葉を叫び散らす。
た、確かに大きくて気持ち悪いとは思ったけど殺そうとまでは思ってなかったのに…!
ほんともうごめんなさいごめんなさいごめんなさい!
両足を上げてそう強く念じていれば、「何に謝っとんねん、みょうじ!次はそっちいったで!」なんて興奮気味な先生の声が聞こえてきて。
………え、次そっちいったって…?
「え、うわ、ぎゃ!ちょ、え?!いるじゃん、蜘蛛!」
みんながこっちを向いていることに気付いて、その視線の先を追ってみれば先ほどわたしが滅してしまった筈の大きな蜘蛛がカサカサと一生懸命に歩いていて。
その事実に混乱しながらも財前くんを見れば、ここ数日で見慣れた気ダルそうな表情を浮かべつつゆっくりと椅子から腰を上げているところだった。
そしてよく見ればその左手には一枚の下敷き。
え、もしかして財前くん…!
「お、おおっ!」
そのまま下敷きで蜘蛛を掬ったかと思うと素早く足で窓をこじ開け、ポイっと表に放り逃がしたものだから思わず歓喜の声が溢れてしまう。
すると一拍置いて、今度は教室中から財前くんを讃賞する声が湧き上がった。
うん、本当にありがとう財前くん!
さっき冗談カマしてきたのは水に流すよ!うん、許す!
「財前くんすごいね!蜘蛛とかダメなのかと思った!」
みんなに便乗して少し興奮気味に話しかけると、「部活に蜘蛛嫌いな先輩おるからたまにやらされんねん」とつまらなそうに答える財前くん。
そうなんだ!いやあ、でも本当すごかった!クラスのヒーローだよ!だなんて憧れを込めて引き続き褒めちぎっていると、若干居心地悪そうにしていた財前くんが不意にとあるものを差し出してきた。
え、っと?これは……、
「わたしの、…下敷き?」
「おん、借りたで」
「え」
「おおきに」
「え、え…、ええええ?!ちょ、これでさっき蜘蛛掬ってたの!?」
「せやで。みょうじも横で見てたやん」
パニクってて気付いとらんかったみたいやけど、と話す財前くんを前にポカンと大口を開けたまま絶句する。
だ、だってありえない…!ありえないよ財前くん!
そんな気持ちを胸に、思わず財前くんに肩パンを食らわせたわたしは悪くない。
断じて、絶対、決して、限りなく悪くないはず…!
(財前くんのアホ!ひどい!)
(せやって自分の使うん嫌やってんもん)
(わ、わたしだって嫌だよ!うあああ、もうこの下敷き使えない…!)
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教室に存在感強い虫が入ってくると大事件ですよね…!
個人的に、財前くんは”みんなのため”っていうより”騒がしいのは勘弁してくれ”な気持ちの上で蜘蛛退治をしてたとかだといいなあ、と思います^^