ちゅるちゅる
ちゅるちゅるちゅる
「………」
ちゅるちゅる
ちゅるちゅるちゅる
「………」
さっきから前席の男子がちゅるちゅるちゅるちゅるうるさい。
まず根本的に何故こいつは朝のホームルーム中にところてんなんてものを頬張っているんだろう。謎だよ、謎すぎる…!
そう考えれば考えるほど何処からか地味な笑いの波が込み上げてきて、不意にブフっと噴き出してしまった。
「……え、なに一人で笑っとんの」
「いやいや、仁王のせいだよ…!」
「俺?」
「うん、なんでところてんチョイス?って考えてたら謎に笑えてきた」
「えー、朝飯食ってるだけやのに」
「朝飯って…、ところてんが?」
「ところてんが。朝はどうにも米とかパンじゃと重すぎてのう」
そーいうん食うと胃もたれする、と相変わらずちゅるちゅるしながら答えるマイフレンド仁王。
毎回毎回思うけど、こいつどんっだけ少食なんだろう…!
ただでさえ仁王の所属している男子テニス部の運動量は物凄いはずで、それに加えて彼はレギュラー部員である。
それ故に通常よりも更に過酷なメニューをこなしているのだから、お腹だって人一倍減るのが通常なはずなのに…!
とまあそんなことを一人悶々と考えていたら、なんだか仁王の食の細さがだんだんと心配になってきてしまった。
「…なんじゃ、今度は随分難しい顔しとるのう」
「いや、うん、なんか大きなお世話かもしれないけどさ、仁王はもうちょい食べた方がいんじゃない?いっぱい運動してるんだし」
「ピヨ。心配しなくてももう一個食べるナリ」
「え、ちょ、ところてん二個食べるの?!」
「食べるぜよ」
そう言って未開封のところてんをひょいと手渡される。
え、なにこれ。わたしどうしたらいいの?
ところてんを片手に、頭上にいくつものハテナを浮かべながら仁王を見る。
するとベランダへと続く大窓を指差して「汁、捨ててきて」なんて指令を言い渡された。
いや、なんでわたしが。
「嫌だよ、自分でやってよ!」
「ええー、窓側の一番後ろなんてベランダ出るのにうってつけの席じゃろー」
「その窓側後ろから一個前の仁王も差して変わらないじゃん!」
「でもなまえのが数メートル近い」
いやいやいや、数メートルくらい自分で動いてくれ。
これだけぺちゃくちゃと喋りまくって、挙句仁王なんてところてんを食べているけれど一応今はホームルーム中だ。
そんな中、ベランダにところてんの汁なんて捨てに行った暁にはさすがに温厚で有名な我がクラスの担任もピキッとくると思うんだよ、うん。
だから絶対にいや。
断固拒否…!
「ケチ」
「だって怒られるのやだし」
「金八は怒らんじゃろ」
「いくら金八だって怒るときは怒るよ!真田君を凌ぐ位の気迫で怒るね、あれは」
「えー」
ないじゃろ、と目を細めて担任を見る仁王につられて、わたしもそっちに目を向ける。
3年B組の担当だから金八。
誰が付けたかは忘れたけれど、彼自身も知らぬ間に授けられたそのあだ名は広く拡散されており、今では本名を知っている生徒がいるのかどうかも危ういレベルだ。
そんな金八のことを無心でぼーっと眺めていると、こちらに視線を戻した仁王が徐にニヤリと微笑む。
え、なにそのいい笑顔。
「なあ、俺とゲームせん?」
「…は?ゲーム?」
「おん、じゃんけんで負けた方がところてんの汁を捨てに行くゲーム」
「いや、それわたしにメリットないじゃん」
「ほんじゃあ、お前さんが勝ったらこのプリンをやるぜよ」
「え…!そ、それ駅前で売ってる一日限定20個のプリン?!」
「そうナリ。ほれ、これでなまえにとってもそう悪い話じゃなくなったじゃろ」
はい、メリット完成〜!なんて言われたその次の瞬間ーーーー 、
「じゃんけんぽん!」
「え、あ!」
突然仕掛けられたじゃんけんに、つい体が反応してしまった。
咄嗟に出したわたしの手はぐっと握り締められていて、向かいにいる仁王の手は5本の指全てが開かれている。
つまりわたしがグーで仁王がパー。
うっわ…!うっわ!卑怯だよ今のは!
いきなりすぎてつい力が入っちゃったよ!
「ちょ、もう一回やろうよ!」
「だーめ」
「でも今のは、」
「負けは負けじゃもん。早く捨てて来て」
「くっ…!」
ち、チクショウめ!飄々としてる仁王まじむかつく!
そしてわたしの机ごとベランダの方にぐいぐい押すな!
金八が見てる!金八が見てるって!
(ちょっと仁王!まじやめてよ!金八が見て、)
(おーい、みょうじと仁王。お前らさっきから何してるんだー)
(ほらみろ!ほらみろ仁王!ついに金八も我慢の限界を迎えたじゃん!)
(なまえがうるさいからじゃ)
(いやいやいやいや!あんたが、)
(もうお前らあれな。放課後昇降口の掃除な)
(ええっ?!)
(…なあ、早く汁捨ててきて)
(黙ろうか仁王くん)
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仁王とは席が前後です\(^o^)/