みかんの皮。 | ナノ


「おう!遅ぇーぞ、なまえ!」


朝、教室に着くと真っ先にブン太が駆け寄ってきた。
でもって開口一番に遅いと文句を言われたのだけれど、今日は比較的いつもより早く来た方だと思う。
その証拠に、教室にもまだ人は全然いない。
ていうかまず第一に、なんでこの時間帯にブン太がいるんだ…!
今日は朝練がない日らしいから、いつものブン太だったら遅刻ギリギリで教室に滑り込んでくるはずなのに。


「むしろブン太が早くない?」

「昨日幸村くんが朝練なしって言ってたの聞き逃した」

「うわ、いろんな意味でやらかしたねー」

「まあ、仁王もなんだけどな!」


そう言ってブン太が指差した先は、仁王の席。
たしかにその机の横には見慣れたテニスバックが置かれていて、仁王が既に登校して来ている事を物語っている。
いやあ、それにしても二人して何やってんだ3Bコンビ…!


「ん、あれ?でも仁王いなくない?」

「あー、花摘みに行くっつってたから屋上庭園にでも居るんじゃね?」


ぷくっとガムを膨らませながら、上を指差すブン太。
………や、うん、でもそれ多分違うと思う。
大体屋上庭園のお花なんか摘んだ日には幸村くんによって抹殺されると思うし、きっとその表現は”トイレに行く”の意味で間違いないだろう。
それにしても、伏せ言葉で言う意味…!ほんと仁王ってば謎だ。


「それね、多分トイレ行ってくるってこと」

「は?トイレ?」

「うん、多分だけど。そうやって言うよね、トイレのこと」


不思議そうな表情を浮かべているブン太がへえ、と呟く。
そして次の瞬間、何かを閃いたようにキランと大きな瞳を輝かせた。
うわ、ちょ、その目は知ってるぞ…!
慎や赤也がイタズラを思いついてワクワクしている時にする目と一緒だ。


「なあ、なまえ!」

「やだよ、共犯にはならないからね!」

「んだよ!まだなんも言ってねーじゃん!」

「ちょ、うるさ!朝から声でかいよ、ブン太!」


両手で耳を抑えつつそう言えば、ぷくっとほっぺたを膨らますブン太。
その姿を前に、思わずうぐっと言葉が詰まる。
そうだ、この仕草こそがこいつが女子達から可愛いと騒がれる根源そのものなのだ。
ただでさえ見た目がアイドル宜しく可愛らしいというのに、それに加えてこれはダメでしょ…!可愛すぎるわ、アホブン太め!


「ま、いいからとりあえず一緒にやろうぜ!」

「ぎゃあ!ちょ、引っ張らないで…!」


不意にぐいっと手を引かれ、もはや諦め半分でその後ろを着いていく。
我ながら、こういうキュルルン系には弱すぎる気がするぞわたし…!
なんて思いつつも足を動かせば、少し歩いてすぐにブン太が立ち止まって。
なんだなんだと首を捻れば、ニヤリといい顔をしたブン太がとあるものを見せてきた。

ええっと、これは…。


「こ、黒板消し?」

「そっ!トイレだったらそろそろ仁王が帰ってくんだろ?」

「てかトイレだとしたら長くない?わたしが来てからもう5分以上経つけど…。」


まさか本当にあの庭園に花摘みに行ってるんじゃないだろうな、仁王。
そんなことしたら仁王に明日はないと思う。いや、ほんとに。
そう疑問を露わにするけれど、ブン太がケロッとしながら「腹痛いんじゃね?」なんて言うものだからそういうものかと流すことにした。


「で、それどうするの?」

「ドアに挟む!どうせ今だったらまだ他のやつ来ないと思うし、しっかり仁王に命中すんだろ!」


如何にもワクワクしているブン太はそう言うと、早速ドアのところに移動して持っている黒板消しをぐいぐいとその間に挟み始めた。
まあこの時間だったら人も疎らだし大丈夫だとは思うけど、ないとは言い切れない。
も、もしも他の人に当たったら謝ろう、本気で土下座しよう…!


「よっし、出来た!」

「仁王がひっかかりますように仁王がひっかかりますように」


もしもの可能性が怖くなってブツブツとそんな願いを込めていると、タイミング良くドアの曇りガラスの向こうに人影が出来た。
それを見てテンションの上がったブン太が即座にスマホを構え、次に訪れるその瞬間を心待ちにしている。
これで他の人だったらどうするつもりだこいつ…!
仁王以外の可能性を疑わないブン太はとことんまっすぐな奴だと思う。

とまあそんなことを考えていると、次の瞬間勢いよくドアがスライドされた。
そして同時にわたしの耳に届いたのは、ボスンという想像通りの音そのもの。


「……」

「……」

「……」


だけれど、そこに立ちすくむ人物は想像とは遠くかけ離れた人物だった。
ああ、これわたし死んだ。


「……なんだ、これは」

「いや、あの…!」

「さ、真田、くん…。」


顔面蒼白するわたしとブン太を見下ろし、ピクピクと額に青筋を立てているのは紛れもなくあの鬼の真田くんで。
これが仁王のイリュージョンだったらどれだけいいことか、そう現実逃避をする暇もないままに再びぐいっと腕を引かれて真田くんの横を掻い潜り教室を飛び出した。
もちろん、わたしの手を引き前を走っているのは主犯・ブン太である。

そして後ろからは物凄い形相の真田くんがこちらを追ってくる。
怖い!怖すぎる!いつもは廊下走るなとか怒るくせに超走ってるよ真田くん…!


「やだ怖い死にたくないぃぃぃ!」

「まじなんで真田が来るわけ…!意味わかんねー!」


泣きそうな顔をしてそう叫ぶブン太だけれど、わたしの方がもっと叫びたい。
なんで朝からこんなことになってるんだあああ…!



(どうしたんじゃ、ふたりとも。朝から疲れとるのう)

(っ、お前どこ行ってたんだよ仁王…!)

(トイレ行ったあと柳生と会ったから喋っとったけど)

(ううっ、こんなの巻き沿いだ!ブン太のバカ!)

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「お花を摘みに行く」というのはどうやら登山用語らしいですね!
でもって女性が使う側の言葉らしいのですが…。
ま、まあ細かいことは気にせずということで!(汗)
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